1

 いつもいつも、友人の恋模様を見て笑っているわけじゃない、と秀哉は思う。
 秀哉にも一応プライベートというものは存在する。物語の中でそれはかすんでしまっているが、たしかに存在している。

「ねーねーひでぽん」
「ん?」

 ミキがトイレに立っている間に、青子がミキと秀哉の教室にやってきた。もちろん青子が用があったのはミキで、ミキが戻ってくるまでの間少し待つことにしたらしく、秀哉の隣の席に腰かけた。そして、思い出したように言う。

「ひでぽん彼女いたんだね」
「……え、なんで?」
「こないだ、見たー」
「どこで?」
「あ、ミキちゃん」

 秀哉は気が気でなかった。見られるような場所で会った覚えはない。いつも相手のマンションかホテルだったはずだ。よりにもよって青子に見られていたなんて。
 是非にも聞き出したいところだったが、そこでミキが戻ってきてしまう。青子がいることに気がつくとミキの無表情が、いつも一緒にいる秀哉には分かる程度には緩んだ。

「どした」
「んー。あのね、あれ、なんだっけ」
「何だそれ」
「青ちゃん」
「ん?」
「さっきの、誰にも言わないでね」
「彼女のこと?」
「……」
「彼女?」

 ミキがその言葉に少し反応した。なんで、言わないでってお願いした瞬間に言われなくちゃならないんだ。秀哉は憤慨したくなったが、相手は青子である。分かってないに違いない。そう思うと体中の力が抜けてしまった。
 思わず机に顔を伏せると、ミキが呟いた。

「彼女、いたの」
「……いません」
「え、いないの? 私見たよ!」
「青ちゃん、もう黙れ」

 がたっと席を立つ。ぽかんとしている青子と、怪訝そうな顔をしているミキをほうって、秀哉は、次の授業さぼる、と静かに言うと、ふらふらと教室を出て行った。
 その後ろ姿を見送りながら、ミキは目を細めた。秀哉に女がいようがいまいがどうでもいいし、友人なのに言ってくれなかったなんて、と謎の怒りを覚えることもない。ただ、あの憔悴っぷりはちょっと気になるところではある。
 青子に彼女と一緒のところを見られたくらいであんなにナーバスになるとは、いったい何事なのだろう。

 ◆

mae | list | next