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「どうした」
「んー」
「傷、痛いのか」
「んーん。転んだときにたぶんねー、足首ぐねった」
「そういうことは」

 早く言え。
 ミキは、青子を椅子に座らせて紺のソックスを下げる。そこで、ミキの動作がはたと止まった。

「ミキちゃん?」

 白い足に生々しくついた、ソックスの跡が、妙にいやらしい。
 いや、何を考えているんだ、そんな場合じゃないだろう。
 じっと青子の足を見ているミキに、青子は再度声をかけた。

「ミキちゃーん?」
「あ、ああ……冷やせばいいだろ……」
「うん」

 氷袋を冷凍庫から取り出して、青子の足首に当てる。冷たさにびくっと動いた青子の足がミキの劣情を刺激したのは、言うまでもない。

「おなか減った」
「ちょっと待て」
「今食べる」
「……」

 保健室でものを食べていいのか、ミキは知らないが、今幸いにして保健医は留守だ。ミキは、持っていた紙袋から弁当を取り出して青子に与える。

「いただきまーす」

 ぱくぱくと食べはじめた青子の足から意識をなんとか外し、ミキも弁当に手をつける。
 正直なところ、こんな消毒液臭いところで食事をするのは、あまりいい気分ではない。が。

「うむむ、おいしー」
「……ついてる」
「む」

 青子の口端についた米粒を取って自分の口に運ぶ。
 その、おいしー、が聞けたら、どんな場所でもミキにとっては関係なくなってしまう。

「……ミキちゃんさあ」
「あ?」

 ふと、青子が何かに気がついたように呟いた。

「なんで、皆から怖がられてんの?」
「ああ?」
「なんかしたの?」
「してねぇよ」
「だよねえ」

 心底不思議そうに、青子が首を傾げる。
 そんなことまじめに考えてるの、たぶんお前だけだぞ。そう言いたいミキだったが、黙っておく。
 皆が自分のことを怖がるのはしかたないと、ミキは考えている。馬鹿みたいに大柄だし、目つきは悪いし、ぱっと見て恐ろしい以外の何者でもないと思う、特に女子にとっては。
 そう考えながら弁当をつついていると、青子が何気なく言う。

「ミキちゃん、こんなに優しくていい子なのにね」
「……」

 いい子という言い回しはいかがなものか。と思ったが、ミキは不覚にも胸を打たれていた。
 外見だけで俺を判断しやがって、と思ったことは、一度や二度のことではない。ミキにとってこの不利な外見は、憎むべき対象なのだ。
 しかし、それでも別にいいか、と思う。
 こうして分かってくれる人間がいるだけで、いいんじゃないのか。すべての人間に分かってもらう必要なんてない、自分が必要とする人間にだけ、理解してもらえれば。
 そんなミキらしくもないことが頭をよぎったとき、青子がさらに言い募る。

「こんなにおいしーお弁当なんだからさあ」

 ミキの中の、感動的な雰囲気はその一言でぶち壊しであった。


20120823

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