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「青子、もしかして、この間埠頭で、ミキくんのこと怖がったんじゃない?」
「……」

 そのシーンを、春菜は見ていないはずだ。怪訝に思いミキが顔を上げると、彼女は苦々しく笑っていた。

「リンチされて血まみれの身体で帰ってきたとき、あの子泣いたのよ。もしかして、母親の事故を目の当たりにしたから、あたしが死ぬと思ったのかも」
「…………」
「まあ、能天気は能天気でさ、病院で治療してもらって包帯ぐるぐる巻きになったら今度はそっちに興味津々。あの子今でもそうなんでしょ?」
「え、いや」

 否定できない。能天気以外に青子を的確に表現する言葉があったら教えてもらいたいくらいだ。

「でも正直、その天真爛漫さに救われたのね」
「……」
「あたし、青子がいないと空っぽなの」
「……」
「だから、正直ミキくんのこと、嫌いよ」
「え」
「だって、いつか青子をあたしから取ってっちゃうでしょ」
「……」

 にっと笑った春菜は、すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干して、あれ、とミキの手元を見た。

「飲まないの?」
「甘いの苦手で……」
「甘いったって微糖よ? ま、じゃあ青子にあげるわ。ちょーだい」

 缶を受け取った春菜が立ち上がったので、ミキも立ち上がった。春菜はミキをじっと見て、うん、と頷き、手を振った。
 どうして、春菜が昔話をミキにしたのかは分からないが、なんとなく疑問に思っていたことのつじつまは合った。帰り道、ミキは自分の手を見た。先日男どもを殴ったせいで、軽く腫れている。青子は気づいていないから言わないが、服に隠れる部分にも、受けた攻撃の痕がある。金属バットで殴られた額の傷はふさがったから、青子はもう心配することは何もない。そもそも、自分のことで無駄に心配などしてほしくない。
 アパートに着いて、錠に鍵を差し込む。空回りする。

「裕人」
「お前……俺のプリンを勝手に食いやがったな!?」
「いや、食ったの俺じゃない」

 嘘ではない。


20120601
20160625

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