掻き乱したい


 他人の身体の一部を自分の中に引き受けるなんて、ほんの少し前までは考えもしなかったのに、俺は今灼熱の杭で突き上げられて、涙を流して喘いでいる。
 早番、明日の身体の調子、バイトへの影響……そんなことを考えていられたのも最初のうちだけで、一度いかされて織の硬いものが太ももに押しつけられる頃には、油断すると「はやく」と言ってしまいそうな自分がいた。
 肉を割って、濡れた感触を伴って、熱いものが狭い場所を押し広げて入ってくる。知らず知らずのうちに呼吸が短く浅くなって、期待しているような吐息を漏らしてしまった。
 少しだけ入ってきたところで、織が腰の動きを止めた。

「……?」
「いれてほしい?」

 空気を食む唇が震えた。この女は俺に何を言わせようとしているんだ。頷くこともできないで固まっていると、頭を撫でられて額にくちづけられる。

「言ってよ、ほしいって」
「そ、んな、の……」
「あたしだって琥太郎に求められたい」

 この行為は織の一方的なもので、俺はそれにいやいやながら付き合って、生理現象で身体が反応してしまうのはしかたがないことで、だから俺が「ほしい」なんて、言うわけがなくて。
 熱っぽいため息をついて、浅いところを捏ねくり回しながら、俺の額と自分の額を合わせて至近距離で見つめてくる。吐息が唇にかかって、額から熱が伝わってとろんと溶けていく。駄目だ、言ったら終わる、終わる、終わる。

「……は、やく、いれろよ……」
「うーん……もうちょっと色っぽく」
「……っ」
「あっ、ごめん、いじめすぎた……」

 俺に色っぽさを求めるな。じわ、と涙がにじんでしまったのに、織が慌てて俺の頭を撫でた。それから、いつものように奥まで入ってくる。
 こつこつと一番奥を先端でノックされて、全身が震える。動き出し、いいところに当たるのに耐えきれずに喉を反らすと、織の細い手が頬に添えられて、思わず縋りつくように擦り寄る。

「かわいい、琥太郎、かわいい」

 男が、それもけっこう背も高く細くもない俺が、かわいい、と言われることにはいまだ慣れない。だって、俺にかわいいと囁きながら腰を振っている織の感じている顔のほうがかわいい。その違和感と背徳感に興奮してしまっている情けない自分がいるのを信じたくないけれど、でも、気持ちいい顔をしている織に対して俺はきっともっととろけた顔をしてしまっているという事実が、信じられないくらいの劣情が誘うのだ。
 織の細い指が俺の太ももに食い込む。痛いくらいに掴まれて、でもそれも気持ちよくて、頭が真っ白になって絶頂の予感にぎゅっと目を閉じる。前に触れられなくても、簡単に達してしまえるようにつくり変えられた身体。全身の神経に電流が走って、奥のほうで濡れた感触がはじけた。
 荒い息を隠せずに呆然と足を開いたままベッドに横たわっていると、織がそっと引き抜いた。とろりと尻を伝う感触を気持ち悪いと思う間もなく、織は俺の身体を後ろ向きに転がした。

「おり……?」
「ごめん、もう一回だけ」
「……っやだ、もうやめろよ……」

 じたばたするも、力の入らない身体を後ろ向きに寝転がされて両手首を掴まれてろくに抵抗ができないでいるうちに、織が再び入ってくる。早番だって、言ったのに。一回で済ませるって約束したのに。

「あっ、あっ」
「琥太郎、こたろう」

 枕にしがみついて、背後からの律動に耐える。頭の中が、気持ちよさと、裏切られた気持ちと、気持ちよさと、早番のことと、気持ちよさでいっぱいになって、最終的には目の前の快感を追うことしか考えられなくなる。だからいやなんだ、俺が俺じゃなくなってしまうから。
 結局、ごめんもう一回だけのはずが、計四回もやられて、どこにそんな体力があるんだ、俺はもう死にそうだ、と思いながらふらふらの身体でシャワーを浴びている。
 結局こんなことになるのが、俺はたぶんどこかで分かっていた。だから、早番でもなんとかなるように、違うホテルじゃなくこのスイートルームを選んだ。湯船に深々と顎まで沈み膝を抱えてため息をつく。
 俺は織に甘いと思う。何をされても強く拒絶できないで、許してしまっている。これじゃ駄目だ。俺はもっと誇り高く生きていかないと駄目だ。
 でも、そう思う反面で、オメガだと分かってしまったからには、もうこうして生きていくほか方法がないのではないかとも思う。どうせ将来結婚とかそういうのを考えたときに、アルファ相手でしか子孫を残せないのだと思うと、織でいいんじゃないかと思い始めてくる。
 いや待て、織は駄目だ。だって話が通じないし、宇宙人だし鯨以下だし、性欲強いし人の都合お構いなしだし。
 だけど、俺に言い寄ってくるほかのアルファを魅力的だとは、つゆほども思えない。今日トイレの前でナンパしてきたあの男も、俺をホテルに連れ込もうとしたあの男も、意味ありげな目配せを送ってくる女も、誰も。
 身体に刻まれた快楽が強烈すぎて、俺は織を今のところ一番魅力的だと思っている。それは間違いない。

「琥太郎、お風呂長いよ、大丈夫?」
「うん、平気……」

 そろそろのぼせそうかも、そう思った頃に、ちょうどよく織が外から声をかける。返事をして立ち上がる。
 洗面所でしばらく身体の温度が下がるまでのんびりしてから風呂場を出ると、織が待ちくたびれたのかソファに腰かけてうとうとしていた。時計を見ると、もう時間は深夜の一時近い。俺も寝ないと、明日の仕事に支障が出る。織の肩を揺する。

「織、こんなところで寝たら身体痛くなるぞ」
「ん……」

 俺の手をうっとうしそうに払って、本気でこの場所で眠ってしまいそうになっている。何度か揺すって声をかけるが、目を開ける様子はない。ため息をつき、両脇に手を挿し込んで持ち上げる。
 抱き上げると、意識がないにもかかわらずこんなに軽い。手も足も、びっくりするくらい細くて可憐で、白くてふわふわしている。甘えるように俺の首元に擦り寄ってくる織は、こうしていればほんとうにふつうの女の子だ。

「……」

 ベッドに横たえて、となりに寝そべる。長い睫毛が縁取る目元はすっかり油断しきって閉じられていて、少し唇が尖っている。こんなにかわいい女の子なのに、服を脱げば獰猛な獣が姿を現して、俺はそれに翻弄されている。
 悔しいし腹立たしいので、たまには俺がこいつをめちゃめちゃに振り回してやりたい。なんかこう、織の驚く顔とか、困っている様子を見てほくそ笑んだりしてみたい。
 何か手立てはないか、と織の寝顔を見ながら考えているうちに、俺もいつの間にか眠りについていた。

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