誓い


 三宮の歯が俺の首筋に当たったか当たらないか、という瞬間、すさまじい破壊音が響き渡った。
 あまりの音に、中にいる三宮をぎゅうと締めつける。そして、三宮も驚いたように顔を上げてわずか俺から引き抜いた。
 ロッカールームのちゃちなドアがひしゃげて、ドアフレームから無残に剥がれている。ぱらぱらとほこりが舞う中、三宮の俺を押さえつける手の力が緩んだのを逃さず、離れようと抵抗した。三宮もすぐさまそれに気づいて俺の手首を掴む。

「……信じらんない。あたしのつがいに何してるわけ?」

 壊れたドアから、織が姿を現した。まさか織が、このちゃちいとは言え一応ドアの体をなしているこれを破壊したと言うのか。
 織は、高いヒールの靴音を響かせてこちらまでやってくると、その足で俺に跨っている三宮の顎めがけて蹴りを繰り出した。避け切れなかった三宮が吹き飛ぶ。ヒール刺さって痛そう、と場違いな感想を抱く。そのまま織は、ぐしゃぐしゃの俺に自分が着ていたアウターをかぶせると、吹き飛んだ三宮のほうへ。
 そして、痛みにうめいていた彼を、あらん限りの力と体重を込めて踏み潰した。

「あぐっ……!」

 ヒールが腹部に刺さって悶絶しているのに構わず、織は怒りに燃えた表情で続けざまに三宮の顔面に蹴りを入れる。

「ふざけんなよ、あたしのかわいい琥太郎に、汚いもの突っ込みやがって……!」

 情けない悲鳴に、織がどこをあのピンヒールで蹴って踏み潰しているのか、想像するだけで痛いから見たくなかった。
 それに何より、織が来てくれたことで、俺はますます身体ばっかり発情してしまっていた。

「……っ織」

 俺の震えた声に、織がゆらりと振り向いた。見たこともないような、昏い熱を孕んだ瞳。そして、おまけとばかりに三宮の骨を折る勢いで足を振り下ろし、俺のもとへやってくる。

「……ごめんね」

 身体を震わせる俺の肩を甘く揺すり、頬ずりする。それから、意図の読めないごめんねが降ってきて、俺は目を閉じた。

「ごめんね、琥太郎」

 抱きしめられて、もううまく動かない腕を、織の背中に回す。そこで、ふつりと糸が切れてしまった。

「ごめん、おり、ごめ……」
「琥太郎は悪くないの。だいじょうぶ」

 がたがた震えてこどもみたいに泣きじゃくる俺を、織は優しく撫でて、ぎゅっと抱きしめた。甘い匂い。織の首筋からふわりと香るそれに、たまらなくなる。安心してしまって、さっきまで三宮がいた場所に、織に来てほしくなる。あさましい自分の身体が、濡れていく。

「織……」
「……」

 織が、喉を鳴らした。熱を持った瞳が俺を見て、何かを耐えるように歯を食いしばった。それから、俺の、間抜けに下げられたパンツとスラックスを上げて、立ち上がる。

「……織……?」

 荒い息をついて、織が俺に手を伸ばした。

「立てる?」
「いやだ、織」
「……駄目なの」
「なんで」

 そんな、欲情しきった目で、今すぐ俺を抱きたいって顔をして、なんでしてくれないんだ。

「琥太郎をこんなとこで抱くわけにいかないの、分かって」

 俺をなかば無理やりに立たせ、肩を貸して、歩かせ始める。ふらついてまともに歩けない俺をエレベーターに乗せ、崩れ落ちそうな腰を支えて壁際に立たせてくれる。

「おり、おり……」
「いい子、あとちょっと我慢して」

 身体中が疼いて、さわってほしくてたまらない。織がなだめるように頭を撫でてくれるのにすら、ぴくぴくと肩が跳ねる。髪の毛一本一本までが、性感帯になったみたいだった。スラックスをぐずぐずに濡らしてしまって、パンツが肌に貼りついている。
 最上階にエレベーターが到着し、ほとんど引きずられるようにしてフロアの一番遠い部屋までたどりつく。カードキーをかざし、織がドアを開けて俺を中に放り込んだ。

「ん、む」

 ドアからすぐのところに尻もちをついた俺に、織が覆いかぶさって強引に唇を重ねてくる。歯が当たるほどの無理やりさに、織らしくない、と頭の奥で思って、舌を伸ばした。吸い上げて、甘えるように絡ませる。乱暴なしぐさで、スラックスとパンツが下ろされる。

「んぐっ」

 思わず、織の舌を噛む。細い肩にしがみついて、中に入ってくる熱さに耐える。目の端に、左の膝に引っかかったスラックスとパンツが見えて、頭が燃えるように熱を持った。

「あっ、あっ」

 よかった、織、ちゃんと興奮してた。
 少しだけ不安だった。織は自分のものを誰かが勝手に使うのを嫌がって、それでレイプされた俺のことはもう汚らしいものとして見なすかもしれない、だからさっきあそこで抱かなかったのかもしれない、と不安だった。
 三宮とは次元の違う気持ちよさと心地よさと、多幸感。突き上げられるたびに涙が押し出されるように零れて、止まらない。小さな身体を掻き抱き、織、と呼ぶ。

「織、おり」
「っ琥太郎……」
「噛んで」

 夢中で腰を振っていた織が、俺の言葉に顔を上げた。汗に濡れた額の下の、かわいい丸い瞳がさらにまんまるになり、俺を見ている。

「え……?」
「俺を、つがいにしてほしい」

 汗や、涙や、よだれや鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしている。俺は、開いたまま閉じられない口から荒い息を吐きながら、涙でかすむ視界で織の目を見た。
 織にしか触られたくないんだ。織以外を誘惑したくないんだ。織だけにこうしていてほしいんだ。織の大事な人になりたいんだ。
 織のつがいになれば、誰彼構わず誘うフェロモンは抑えられる。そうすればきっともうあんなことにはならないし、織をあんなふうに怒らせることもない。
 織の腰の動きが緩んだところで、俺は横を向いて首筋をさらした。

「噛んで、織」
「……でも」
「織」

 ぶわっと、織の顔が赤くなる。誘われるように、織の顔が近づいてきて、俺の首筋に唇を当てた。きゅっと目を閉じる。

「駄目よ、琥太郎……だって、噛んじゃったらもう、後戻りできないのよ」
「……?」

 一度だけ強く織が腰を突き上げて、ぴくんと反応した俺に、興奮したように首元で荒い呼吸を繰り返す。織が何をためらっているのかが分からなくて、戸惑う。

「噛んじゃったあとで、やっぱり嫌って言われても、あたし琥太郎を離してあげられな……」
「いいから!」

 織の顔を両手で挟み、俺と目を合わさせる。情欲と戸惑いに濡れた織の目を見て、俺は息も絶え絶えに告げた。

「織、好きだ」
「……!」
「待たせてごめん……織が好きだよ」

 震える手で織の顔を自分に近づけて、キスをする。唇を舐めて、舌を入れると、戸惑って縮こまっていた織の舌が、おずおずと絡められた。身体は快楽を求めて限界で、ぴりぴりとしびれてうまく動かない舌では稚拙なキスしかできないけれど、気持ちはちゃんと伝わったようだった。

「……琥太郎」

 唇が離れて、銀色のしずくが伝い、ふつりと切れる。完全に正気を失くしたような目で、織が俺を見下ろして、一度引き抜いた。

「っあ」

 それから、俺の身体をうつぶせにして、再び挿入する。中を擦りながら奥まで入ってくるのに、背筋がわななく。腰を掴まれて、先端で奥の奥をぐにぐにと押し潰されて、くぐもった悲鳴がカーペットに吸い込まれる。それから、腰をゆっくりと振りながら、織の歯がうなじに触れた。

「あ……!」

 目を閉じる。たしかめるように、俺のうなじを何度も舌が撫でて、噛みつく場所を探しているように尖った歯が行き来する。それから、吸血鬼の食事みたいに、織の歯が皮ふを破って突き立てられた。
 ぶつ、と肉が裂ける感触。一瞬鋭い痛みが走るけれど、変に陶酔感があって心地いい。せり上がってくる高揚感と、快感。俺の首筋に織の小さな歯の型が刻まれる想像で、俺は絶頂を味わった。カーペットに精液を垂らして、身体を二、三度跳ねさせる。その間も、織はずっと俺の首筋に歯を立てている。首筋の皮ふを噛みちぎるつもりであるかのように、力強く食む。
織が、俺の中に射精した。とくとくと甘ったるく広がる濡れた感触に、うっとりと目を閉じる。それと同時に、ようやくうなじから歯が離れていった。

「あたしのかわいい琥太郎」

 子守唄のように、耳元で織がささやいた。

「ずっとあたしのもの」

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