ギリシア彫刻が微笑う
10
ひとりひとり、メールで説得したり電話で理由を話したり、正直なところ面倒くさいことこの上ない作業を、俺のポリシーのもとちまちまと行う。
彼女ができたので、君とはもう会えません。
というようなことを何度言っただろう。しかもそれで納得したあとも、やれどんな子だ、可愛いのか不細工なのか、芸能人で言うと誰似か、年下か年上か同い年か……女の子は本当に、そういう話が好きなんだなと再認識してしまう。
話のついた子から順にアドレス帳から消していって、昨日の夜からはじめたその作業は、次の朝学校に着いてから昼までかかってようやく、残すところふたりとなった。もちろん学校に行ったって言っても授業は受けていない。
「ひーさと。朝から何携帯いじってんの?」
「んー……身辺整理」
「なんのために?」
「俺の可愛い彼女のために」
「……え? 今なんて言った?」
「だから、彼女のために女の子との関係を清算中」
「あああ、あゆむー! 尚人が変なったよ! なんかさぶいぼなこと言ってるよおー!」
昼休み、屋上の金網に背をもたれてメールを打っていると、友達の純太がなにやら失礼なことを叫びながら熟睡しているあゆむの腹にタックルした。うっと呻いて顔を上げたあゆむは、辺りを見回して自分の腹に当たったと思われる物体を探している。そして犯人が純太だと気づくと、仮にも友達である彼に思いっきりガンたれた。
しかしそんな視線をものともせず、可愛らしい可憐な外見に反して意外と図太い神経を持つ純太は、さらにわめく。
「尚人が、尚人がぁーん!」
「お前人の腹殴っといて何のわびもなしか」
「彼女ができたとかさぶいぼなこと言ってるぅう!」
「嘘つくな」
「ほんとだけど」
「……」
「ほらあ!」
なぜか半泣き状態の純太を見て、膝に頬杖をついてあぐらをかいている俺を見て、あゆむは眉間のしわを怒りとは違う種類のものにシフトした。
「マジで言ってんの?」
「マジで言ってんの」
「マジで?」
「マジで」
まるで恐ろしいものを見るような目つきで、あゆむは俺をまじまじと眺めて、一言呟いた。
「俺、寝ぼけてんだな」
「いや、現実」
そんなに、俺に彼女ができることはおかしいことか。
わめく純太を腰にひっつけたまま、あゆむは頭を抱えながら屋上から退場した。