ギリシア彫刻が微笑う
08

「桐生……俺は悲しい」
「また小枝ちゃんにふられたんですか」
「なんでそれを知ってる! ……あー、じゃなくてだな」

 夏休み明け。俺はまたも職員室に呼び出されていた。

「せっかく……せっかく期末考査ではお前のことを見直したのにお前ときたらなぜ宿題をやってこない!」
「忘れてました」
「もういっそ清々しいな」
「ですね」

 言い訳ではない。ほんとうに宿題の存在を知らなかったのだ。宿題なにそれ美味しいの、状態である。
 目の前で説教をたれる担任をぼんやり眺めながら、昨日のことを思い返す。
 夏休み最後の日だった昨日は、拓人のマンションに比奈ちゃんと梨乃ちゃんがやってきて、お泊り会だったのだ。名目は、「祝・俺の一人暮らし決定」「この部屋で過ごす最後の夜」だったのだが、拓人と比奈ちゃんが勝手に命名したそれは何の意味も成さなかった。
 お泊り会は、拓人の作った夕飯を皆で食べ、ウノやトランプをして夜更かしし最終的にリビングで雑魚寝、というなんかもう修学旅行のノリだった。まあ、最終的に雑魚寝とは言え極度の男嫌いの比奈ちゃんと寝れたという進展があったことはよかった。(進展と言っていいのかは甚だ疑問だが)

「おい桐生聞いてるのか」
「聞いてません」

 無表情を貫きつつ耳に手を当てたり離したりというお決まりの動作をすると、先生があきれたように呟いた。

「お前はまじめな顔してほんとにもう……真中よりタチ悪いぞ」

 まあたしかに? 髪の毛は黒いし制服もそこまで着崩していないし、先生の言う真中くんに比べれば全然目立たない奴だけども。彼とはお友達なので、俺も同類と言えば同類なんだけどな。浅岡高一番のワルとして有名な真中あゆむは、見た目でだいぶ損をしていると思う。とは言え中身も見た目を裏切らないが。

「比奈ちゃーん。帰ろ」
「はぁい! 梨乃、ばいばあい、また明日ね!」
「ばいばーい」

 帰りに比奈ちゃんの教室に寄って声をかけると、元気な返事とともにとたとたと駆け寄ってきた。彼女は何も気にしていないようだが、クラスの女の子の視線が俺たちに突き刺さっている。さしづめ「あの男嫌いの比奈と女好きの尚人先輩が一緒に帰るとは何事!?」といったところだろうか。