ギリシア彫刻が微笑う
02
「ここに俺と住めばいいじゃないか」
「いやだよ。学校から遠すぎるし、お前の仕事、何してるか知らないけど、同居してた二週間、不規則すぎて真夜中とか明け方にドアの音がしたりして気になったんだよ」
目の前で大きくため息をついた「当て」に、腕と足を組んでこちらもため息をこぼす。拓人は困ったように眉を寄せ、家賃がどうだの生活費がどうだのと言う。
「バイトしてるし、安いなら狭くても風呂トイレ共同でもいっそなしでもいいから、どっか適当に学校の近くで探してよ」
「だけどな……」
「当面の金はあるから大丈夫」
「うーん」
散々渋ってはいたものの、俺に押されて最終的にはOKした。今週末、俺と物件めぐりをしてくれるそうだ。佳美さんしかり拓人しかり、持つべきは大人の知り合いだ。日本は未成年が生きていくには不便すぎる。
とりあえず、住む場所が決まるまでは拓人が住んでいるこのマンションに居候することになり、OKしたくせに拓人はいつまでもぶちぶちと俺と住めばいいのにとかなんとかぼやき続けていた。
「言ったからにはちゃんと自分で家賃を払えよ」
「安いとこ探せばいいだろ」
「そんなこと言っても、限界があるだろう」
ぶつぶつ言いながら、拓人がサングラスを押し上げる。照りつける夏の日差しは、俺と拓人に容赦なく襲いかかり、しかもアスファルトからの照り返しが厳しい。じわじわと浮かぶ汗や蝉の鳴き声がイライラを増幅させる。
「都会の土地は安くないんだぞ」
「分かってるって」
「五万円以下はまずありえないだろうな」
「そうかな」
「そうだ」
「曰くつきのところとか、安く手に入らないかな」
「イワク?」
「前の住人が自殺したとか、幽霊が出るとか」
「……そんな気味の悪いところに住みたいのか」
「死んでる人間より生きてる人間のほうが怖いじゃん」
「そういうものなのか?」
首をひねりつつ拓人が、イワクつき、と唸る。
不動産屋に着くと、拓人がああそうだ、と思い出したように言う。
「俺はGiapponeseが読めないから、契約するのは俺だけど、書類はお前が目を通せよ」
「ジャポネーゼって何」
「カタカナとかヒラガナとかカンジとか」
「ああ、日本語」
では、拓人のあのマンションはどうやって借りたのだろう。少し疑問が残るがまあいい。