ギリシア彫刻が微笑う
01

「そう。やっぱりね」
「……すみません、恩をあだで返すような真似……」
「ほんとあんたって、つまんない男ね」
「え?」

 ベッドにうつ伏せてタバコを吸っている佳美さんに、頭を下げる。しかし、佳美さんはにやにやと笑いながら煙を吐き出した。

「こっちはね、あんたに投資してたのよ。将来どんな花になるかって楽しみにしながら」
「……」
「せっかく育てたんだもん。摘み取っちゃうなんてもったいないでしょ?」
「すみません、仰ってる意味が……」

 バカ丸出しのこの発言に、佳美さんがこれ以上は内緒、と呟いて言葉尻を煙で濁した。そして、サイドボードの茶封筒を俺に投げつけた。

「まあ、もうちょっと遠い話だとは思ってたけど……。ほら、餞別よ。二度とアタシのとこに来ないで済むように」
「……」

 いつも入っている金はなく、いつもと同じ量の睡眠薬。使わないで済むなら、こんなものにそもそも手を出していない。
 中学生の頃からずっとこの人に与えられていたこれは、俺の睡眠を守ったり、やりきれない気持ちを隠したり、最悪の目覚めを演出したり、様々、金よりもこれが余計にほしいと思ったりしたこともあるにはあった。
 でももうそれも必要ないと、言い切ったりはしないけど、頼りきるのはやめようと初めて思う。

「そういえば、マンションは本当にいいの? あげるって言ってるんだから、もらっておけばいいのに」
「いえ……あそこだと、佳美さんのことを思い出してしまうから」
「嬉しいんだか悲しいんだか分かんないわね、それ」

 当てはあるの、と聞かれて、曖昧に頷く。一応当てはある。あまり頼りにしたくはないのだが、この際そんなこと言っていられない。
 これで、佳美さんと会うのも最後だ。寝室のドアを開けて閉めれば、きっともう一生会うことはない。
 名残惜しくないと言えば嘘になる。彼女には、感謝してもしきれない。だから、

「お元気で」
「……あんた、いつもそうよね」
「え?」
「いいえ、こっちの話」

 嗅ぎ慣れたタバコのにおいのする部屋を出ると、一粒だけ涙がこぼれて、あれなんで泣いてるんだろうと不思議に思う。
 どれだけ麻痺しても、人との別れに慣れることなどないのだと分かる。