OMAKE
遠い君に思いを馳せて

 恋なんて絶対しないと思ってた。と言うよりかは、できないと思ってた。
 雨がしとしとと降る日はどうしても気持ちが沈んで、鉛のように重たくなる。湖の底に打ち沈められた気分で窓の外を眺めていると、思い出される日々があって。
 か細いため息をつくと、目の前の窓が白く結露した。どうやら、外は寒いらしい。
 目なんか閉じなくても記憶というのは鮮明にまなうらに浮かぶ。許さないから。許さないから。そう言って無力な俺を嘲笑うようにちらつく。

「ねえ、夜から雪になるってほんとかな」

 返事はない。当然だ、相手は猫だもの。
 タマが先ほどから眠たそうに俺の膝の上で丸まっている。その背を定まらない手元で撫でながら、もう一度、今度は深く深くため息をついた。
 ぽつん、と何もない真っ暗な場所に置いてけぼりにされた俺は、あの日からずっと、そこに一人で座っているようなつもりでいたけれど、それは少し違う。
 母さんが、ずっと隣にいた。

「寒いのかなあ」

 独り言が増えたのはたぶん、あの子のせいだ。
 言葉を投げれば言葉が返ってくることを覚えてしまったせいだ。
 あさましいったらない。見苦しいことこの上ない。
 けれど、あたたかい。
 たぶん、部屋も寒いのだ。その証拠にタマは俺の膝上から動こうとしない。剥き出しの足は、たしかに冷えている。寒さには慣れているからどうってことないけれど。
 ストーブを出すと光熱費が跳ね上がってしまうのでなかなか決心できなくて、タマには少し可哀相なことをしていると思う。けれど、自分が必要性を感じない。

「……イタリアって寒いかな」

 緯度的には、だいたい日本と同じくらいの位置にあるように感じたけれど、寒いのかな。
 もしあたたかかったとしても、きっと冷たいけれど。だってその異国の地にはあの子がいない。言葉を投げてもあの甘ったるい高い声が返ってくることはない。
 それってすごく怖いことだ。でももう決めたのだから。

「ごめんね」

 たぶんあの子は、謝罪なんて望んでいないけれど。


20141116