OMAKE
俺があなたを殺した

 いつまでも、いつまでものしかかる、重い責任。
 俺が彼女を殺した、ころした、コロシタ。
 最後に見た憎悪に燃えた瞳は忘れようもない。「許さないから」。
「……」
 久しぶりに夢を見た。母さんの手が俺のほうへ伸びてきて、そして力を失ってゆっくりと畳に落ちていく。鬼の形相で吐いた言葉。「許さないから」。
 俺は永遠に許されない。
 起き上がって、隣で眠る比奈の顔を見て、ほっと安心する。大丈夫、ひとりじゃない。俺はもう、ひとりじゃない。
 比奈の頬にそっと顔を近づける。キスをすると、赤ちゃんがむずかるように眉を寄せられた。思わず苦笑してしまう。
 比奈の、布団からはみ出た細くて白い腕を見る。ドキッとした。母さんの手のような、そんな気がしたのだ。
 彼女もいつか俺を憎むようになる? 「許さないから」。
 今日のスケジュールは、午後から雑誌の撮影が入っている。だから、こうしてゆっくりと起床しても誰にも文句は言われない。比奈の前髪を指で梳いて、ベッドに片肘をつく。柔らかいマットレスに肘は埋まる。
「……許さないから」
 声に出して呟いてみる。あの日のことは鮮明に覚えている。とは言っても、自分が泣きながら父親を連れ出して、彼と一緒に彼女の最後を看取ったこと、季節は秋で外は強い雨が降っていたこと、憎しみに燃えた瞳で呟かれたことだけだが。
「俺は、許されない……」
 そう、俺は許されない存在。いくら父親とルカが和解しようが彼らに頭を下げられようが、拓人の親の養子になろうが、俺は存在していてはいけなかったのだ、ほんとうなら。それがここまで生きてきてしまった、のうのうと。それは、許されないことだったのだ。ほんとうなら母親が死んだあの日、自分も一緒に消えるべきだったのだ。しかし父親はそうしなかった。
 ほんとうなら生まれるべきじゃなかったこの生命。その生命が今、新しい命を育もうとしている。これは条理として正しいことだろうか?
「んん……」
 比奈が薄目を開けて、黒目がぼんやりと宙をさまよった。そして、俺に照準が合う。
「おはよう」
「ん、おはよございます」
「よく寝てたね」
「寝る子は育つですよー」
 俺の存在は許されない。ならば、今にも産声を上げそうになっている命はなんなのか。俺はそれに賭けてみたい。もしも、もしも許されるとしたら。
 俺の存在が許される日はやってこない。でも、生まれる命に罪はない。
それを、理解したいと願う。俺に罪があったのかなかったのか。それを俺は知りたい、それに俺は賭けたい。
「……さっちゃん?」
「……朝ごはん、何にする?」
 だからどうか、願わくば。
 俺はほんの少しでも、彼女に、俺が殺した彼女に、許されたいと思う。いつか同じ場所に行くのなら、その時まで待っていてほしい。そして、俺は許されたいと、強く願う。


20100613