OMAKE
雨の日センチメンタル
「比奈」
「う? 先輩?」
「ちょっと、来て」
「わ、あ、あの」
昼休みが来ると同時、先輩がうちのクラスに顔を出した。そして、あたしの腕を掴んでぐいぐい引っ張っていく。どうしたんだろう。いつもこんなに強引なことしないのに。
廊下を歩いている今も、先輩は振り向かないし、あたしに歩調を合わせてはくれない。戸惑ったまま辿り着いたのは、先輩がいつも使っている数学準備室で、先輩はあたしを中に押し込んで自分も中に滑り込み、後ろ手に鍵を掛けてドアに背中をもたせかけ、ずるずると体を落とした。
「先輩? うわっ」
「……」
どうしたのか聞こうとしたところでまたもや腕を引っ張られてその細くて長い腕があたしの体に巻きつく。いわゆる、抱きしめられた、みたいな。顔が勝手に赤くなっていくのを止められない。首筋に先輩の顔が埋まって、すん、と先輩が鼻をすすった。そして、ますます力強く抱きしめられた。
「せ、せ、せんぱい」
「ん」
ぎゅむぎゅむとこれ以上は無理ですというくらいに抱きすくめられる。そして先輩が何かを確かめるように鼻で空気を吸い込む。そして吐き出す。鼻の頭で首筋をぐりぐり擦られて、顔だけじゃない、首まで真っ赤だ、きっと。
「……せんぱい?」
「ごめ、ちょっとだけ触らせて」
「え。ひゃあ!」
ぺろ、と首筋に舌が這った。びくっと体がこわばったのを解すように、先輩の手が背中をつつつ、と滑っていって、スカートの中に。え、え、え、何、何、え。
「ひぁん」
パンツの上から何度も執拗に擦られて、膝立ちの足が震える。思わず、首の辺りにある先輩の頭を抱え込むと、先輩が使っているワックスの香料のにおいがした。それだけでくらっとくる。
そんなこんなしているうちに、先輩の指は器用にパンツの横から侵入し、直接さわってきた。
「やめっ、先輩、はずか、し、うぅっ」
「ごめんね、ちょっとだけ。声我慢して」
顔を上げた先輩が、ちゅっとキスをして、そのまま舌を絡めてくる。左手があたしの体をさわさわしつつ、右手はあたしを追い詰める。キスと、その指に、あたしの意識が朦朧としてきて、とろん、ってなる。
「ふ、ふ、ぷあ、せんぱい、ぁふ」
「ごめん」
「んんっ、ふー!」
左手が、あたしの体をぎゅっと抱きしめて、右手が最後の引き金を引いた。ぱち、と何かが脳内ではじけた気がして、あたしは全身の力が抜けていくのを感じた。ついていた膝ががくがくしているのに気づいたのか、先輩があたしの体をだっこするみたいに抱き方を変えた。まだ、呼吸が荒い。
「はあ、ん、せん、ぱい」
「ごめんね、急に」
「ん、ん?」
しばらく、先輩にだっこされてゆるゆると快感の波が過ぎるのを待つ。そして、散らばった意識が戻ってきてふと気づいた。先輩は、これ以上何もする気がなさそうなことに。
「先輩……?」
「ごめん」
今日の先輩は謝ってばかりだな、と思いつつも顔を上げて先輩の表情を見る。困ったように笑っている。そして、あたしの髪の毛を撫でてとかした。
「んん……しないの?」
「……したいの?」
「えっ、ちが、あの」
「あは。冗談。しないよ」
真っ赤になっているだろうおでこにキスをして、先輩はちょっと考えるみたいにうなってから、呟いた。
「触りたいだけだったの」
「ん?」
「ちょっと、安心したかった」
「?」
「無理やり、ごめんね」
もう一回、おでこにキス。なんだかよく分からないけど、先輩の気が済んだみたいではある。と思っていると、ぎゅうっと抱きしめられて、また首筋に顔を埋められた。先輩の白くて細い首が、間近にあって、あたしは思わず首に手を回して抱きついた。ふふふ、と先輩が笑う気配がした。
「比奈は、いいにおいするね」
「比奈、美味しくないですよ」
「いや、そういう意味じゃ……ああ、でも、美味しいよ」
「美味しくない!」
「うーん。そうかな」
「食べたら駄目ですよ!」
「……うん。分かってる」
くすくす笑ってる先輩が、首筋にちゅってして、あたしはまたも首まで、いやきっと全身を赤くする羽目になってしまった。比較的人通りが少ない廊下に位置するこの数学準備室は、静かで、先輩がたぶんわざと音を立ててちゅってするのが響いてる。
「先輩、くすぐったいです」
「うん、ちょっとだけ」
「もー」
「あのさ、ちょっとだけ、噛んでもいい?」
「えっ、あの、だめ!」
「ほんのちょっと」
「え、え、え」
かぷ、と首筋に、歯が当たる感覚がした。ひー!
「比奈ってさあ」
「う?」
「……なんでもない」
「えー、何それー」
「ふふ」
笑う先輩にだっこされたまま、時間がどんどん過ぎていく。ちらっと窓の外に目を向けると、朝からの雨がまだ降り続いている。……雨、かあ。
「先輩って」
「ん?」
「……なんでもなぁい」
「んー?」
時々、ほんとに時々思うんだけど、先輩は雨の日、あんまり元気じゃない。元気じゃないっていうか、なんか、変、だと思う。理由は分からないし、もしかしたらあたしの思い違いかもしれないので、言わないけど。
先輩は、お昼休みの間、ずーっとあたしにごろごろにゃあんと甘えていた。
20130220