OMAKE
甘い秘め事

 先輩といると、おかしくなる。
 頬を包まれて、そのままそっとそこにキスされる。頬がじんじんと熱を持ったように疼き出して、ふやけてしまいそうだ。

「ひな、比奈」

 ちゅっちゅって、顔中にくちびるが降ってきて、どうしようもなくなって目を閉じると、まぶたにもやさしいキスが落ちてきた。それから、くちびるにも。

「ぁふ」
「可愛い」

 その声に、閉じていた目をうっすらと開けると、青い瞳と視線が合って、その大きな目はきゅうっと細くなった。掻き抱くように、先輩は痛いくらいにあたしをぎゅうっと抱きしめた。

「くるしい」
「うん」
「せんぱい?」
「うん」
「ねえ」
「うん、……ごめん、ちょっとだけ」

 そんな甘ったるい声で言われたら、だめなんて、言えない。息が苦しい。目の前がかすむ。それは先輩が強く抱きしめるからじゃなくて、それくらい、先輩があたしのことを大事に思ってくれてるって分かるから。

「あく、せんぱ……」
「世界で一番、可愛い」

 べろっと頬を舐められた。甘い、と呟く。甘いわけないのに。頬がじわじわ赤くなっていくのが分かる。先輩は麻薬みたいだ。心臓が、どんっと音を立てて存在を知らしめる。どんどん鼓動は速くなって、このままじゃあたし、死んでしまう。
 はくはくと、空気を食むように呼吸する。先輩の指が背中を撫でている。それだけで、あたしの体がはしたないくらい反応してく。

「あ、あ……うぅん」

 はあ、と先輩が熱っぽいため息をついた。その息が耳にかかって、震える。涙が出そう。こんなに苦しい幸せは、知らなかった。
 先輩が、そっと腕の力を抜いた。あたしは、それでも先輩にくっついたままだった。

「比奈」
「せんぱい」
「尚人って呼んでごらん」
「ひさ、と」

 先輩が名前で呼んでほしいのは、どういうときか。あたしは誰よりよく知ってる。
 きっとこれから始まるのは、蜜よりも砂糖よりも何よりも甘いこと。期待に胸が疼く。息が上がる。涙が膜を張る。
 世界一優しくて甘ったるい先輩との、秘密のこと。誰にも言わない、教えてなんかあげない。
 どろどろに甘やかされて蕩かされる。そっと、近づいてきた先輩のくちびるに、想いを載せて、目を閉じた。


20130130