OMAKE
真夜中の衝動

 その、細くて頼りない肩を、守りたいと思うと同時に、ぐちゃぐちゃに引き裂いて、壊してしまいたくなる。どうしようもないくらいの衝動が、こみ上げてくる。
 あの子を前にすると、じわっとおなかの奥から熱くなって、体中に力が入って、どうしたらいいか分からなくなるときが、あるんだ。
 どうにもならない気持ちがぞわっと俺を襲うとき、決まって俺は逃げ出す。

『りんりん?』
「ああ、比奈?」
『どしたですかー』
「ごめん、寝てたかな」
『……寝てない!』

 嘘だって知っている。どう聞いても、寝起きの声だ。ふと時計を見ると、夜の十二時ちょっと手前。早寝遅起きの彼女ならとうに眠っていても不思議ではない時間帯だ。申し訳ないな、とちょっとだけ胸が痛む。

「声が、聞きたくなって。ごめん、すぐに切るよ」
『……先輩?』

 吐き気がする。こんな気持ちにさせているのは比奈なのに、比奈しか逃げる場所がない自分。吐き出す場所がない自分。そのくせ、すべてをさらけ出すことはできない自分。

「うん?」
『先輩、気分悪い?』
「え……なんで?」
『えっ』
「……」
『な、なんとなく・・・・…』

 いつも鈍いこの子は、肝心なときにそうやって気づく。でも、気づいたことに気づかない。
 比奈は、黙り込んでしまった俺に、自分が何か変なことを言ったかな、といったふうに、おどおどしている。駄目だ、この衝動が。

「普通だよ」
『そ、ですか?』
「うん。ごめんね、また明日」
『おやすみなさいなのですよー』

 暗い部屋に、ぷうぷうと通話が切れた音が響いている。
 喉をかきむしる。髪の毛を掻き回す。衝動が抑え切れない。でも、発散する方法を俺は知らない。
 ただただあの子が愛しい。全部自分のものにして、誰の目にも触れさせたくない。いつかどこかへ行ってしまうならいっそその足を折ってでも。
 凶暴な衝動。じわじわと自分が狂気に駆られているのが分かる。こんな狂気的な愛情は、もはや愛情ではないのかもしれない。でも、愛しい。
 ぽたっと涙が落ちて、シーツにしみをつくる。こんなにも、何かを欲したことはなかった。ただただ比奈が欲しい。守りたいし、壊したい。
 ベッドに横になる。目を閉じて、比奈の笑顔を思い浮かべる。少しだけ、落ち着く。でも衝動を抑え込むほどの力はない。
 叫び出したいくらいのこの気持ちを、人は愛と認めてくれるだろうか。


20130123