愛を育んだ先にある物
05
「……こどもができるのが怖い、か……」
尚人先輩と拓人さんが仕事に行ったので、あたしと比奈は比奈たちの家で、コーヒーとクッキーをいただきながらおしゃべりに興じていた。
いかにも尚人先輩らしい理由に、あたしは苦笑いするしかなかった。
「比奈は……赤ちゃんほしいんだよう」
「うん、そうだよね……」
「でも、先輩はほしくないんだよ」
「ほしくないわけじゃなくて、怖いんでしょ? その、怖いっていうのを払拭させれば、大丈夫なんじゃない?」
「どうやったら怖いのをやっつけられるの?」
「うーん……それは、ちょっと分かんないや……でも、とにかく、尚人先輩はこどもが嫌なわけじゃないでしょ、こども嫌いだっけ?」
「ううん。達ちゃんのこと可愛いって言ってたから、赤ちゃんは好きなんだと思う……」
達ちゃんというのは、真中先輩たちのこどもだ。最近生まれたばかりらしい。詳しくは知らない。
なるほど。こども、赤ちゃん自体は好きなんだけど、自分が育てるとなったら急に自信を失うわけだ。まあ、当然と言えば当然かもしれない。親に虐待されて育ったこどもは、自分のこどもを虐待してしまうケースが多いという。尚人先輩は、それを心配しているのかもしれない。自分は愛情を受けて育てなかったから、愛情のかたちが曖昧なのだ、きっと。
「でも、こればっかりは、先輩が自分で乗り越えなきゃならないことだよね」
「そうなのかなあ……何か、比奈にできること、ないのかなあ」
「そうだなあ……うーん……とにかく、今はじゃあ、エッチしてないの?」
「えっ」
比奈がかあっと頬を染めた。いつまで経ってもういやつめ。これは尚人先輩がいつまで経っても猫かわいがりするわけである。
もじもじした比奈は、ぼそぼそと呟く。
「比奈はしてもらうけど、先輩はしない……」
「なるほど……」
「あのね、たたないんだって」
「比奈、意味分かって言ってる?」
「分かんない」
可哀想に、この歳にしてEDか。なむさん。
麦茶をすすって、あたしはいろいろと考えてみる。
先輩のトラウマを払拭するにはどうしたらいいんだろう。幼いころ当たり前に受けられるはずだった愛情を受けずに育った彼は、怯えているのだろう、知らないから、愛情のかたちを。理解できないのだ。