ドアは涙の音で閉まる
08

 とりあえず、学ランの第二ボタンをぶちっと取って比奈の小さな手に乗せる。と、待ってましたというように女の子たちが集まってきた。

「第二ボタンは彼女のものだけど! その他のボタンはあたしたちにちょうだい!」
「え」
「記念! 尚人との思い出!」
「お願い!」
「だめー!」

 比奈が、押し寄せてくる女の子たちから俺を守るように前に出て通せんぼをした。

「先輩のは、全部比奈の! です!」
「えーずるいー」
「いいじゃん第二ボタンもらってんだからさー」
「何も尚人自身が欲しいとか言ってるんじゃないしさあー」
「でもダメなのはダメです!」
「ちぇ」
「比奈ちゃんのけちんぼ」
「けっ……けちんぼだもん! 比奈けちんぼだもん!」
「開き直ってどうする」

 梨乃ちゃんのツッコミも聞こえないのか、比奈はなんだか一生懸命だ。ちょっと嬉しい。

「よしっ、先輩、帰るですよー」
「あ、うん」
「ちょっと待って、ほんとに思い出なし!?」
「なしですよー」

 さっきとは違いのほほんと言い切った比奈は、珍しく俺の手を自発的に握って、校門のほうへ向かう。

「今日も先輩のおうちー」
「いいけど……お兄さんに何か言われたりしない?」
「う? 何をですか? 何も言われないですよー」
「そう……」

 見上げてくる瞳に嘘はない。お兄さんは、俺がイタリアに行くこと、比奈と別れること、などを納得しているのだろうか。しているはずがない。きっと、気にしないふりをしている比奈に合わせているのだろう。覚悟を決めた比奈にはもう、何を言っても効果がないだろうから。
 そう、比奈はきっと覚悟を決めたのだ、俺と別れること、離れることに。だからこうして明るく、笑顔でいられるのだ。残された時間を、俺との時間を、無駄にしないようにと。
 うぬぼれでもなんでもない。分かるのだ、それは。悲しいほどに。