神様は見ているだけで
08

 冬だ。
 澄んだ空を見上げてぼんやりとそう思う。鼻で呼吸するたびに少しつんとしたかすかな痛みがあって、空気が氷のように張り詰めているのを感じる。目を閉じて、目の前が赤くなって、青い空が恋しくなってまた目を開けた。

「青ですね」
「青いねえ」

 比奈と、食後の休憩として屋上の地面に寝そべって、空の感想を言い合う。

「雲、白いなあ」
「冬だねぇ」
「雲のちぎれ方が、冬ですね」
「あ、飛行機」
「わー! 近い!」

 普段見るより倍ほど大きなその飛行機に、比奈が興奮して起き上がる。その拍子に、おなかにかけてあったブランケットが太股に滑り落ちた。
 幸せだな、とふと思った。この幸せを振り払わなければいけない。その勇気が今はまだ出ない。
 もう少しだけ。もう少しだけ、ぬるま湯につかっていても、許されるだろうか。

「キーンて音がしたですよ!」
「うん」

 未だ興奮気味の比奈の頭を撫でて、俺も起き上がる。場所を移動して、フェンスに背を預ける形にして世間話にふける。
 誰かがエサをあげすぎるせいで太ってしまったミルクのことや、亜美さんとお兄さんがお好み焼きの具のことでケンカしたとか、最近コーヒーの匂いをさせるとご飯の時間と勘違いしてタマが足に擦り寄ってくるとか、本当にくだらないことばかり。でも、幸せな距離と甘い声。
 なんの脈絡もなく、それからね、と言ってから尖らせた口に掠めるようなキスをしてみる。

「せ、先輩!」
「何?」
「ここは学校! 破廉恥!」
「誰も見てないじゃん」
「そんなの分かんないじゃん!」

 顔を赤くして抗議する比奈の狭い額に唇を押し付ける。ぎゃーぎゃーわめくのは無視をして、つんとした態度をとってみる。

「……先輩、ずるいですよ」
「何が」
「比奈はこんなに一生懸命なのに、先輩は超余裕! って感じ」
「俺だって一生懸命だよ」
「嘘だあ」
「あははは」
「やっぱり嘘なんじゃん!」

 すっかりむくれて頬を膨らませた比奈のそれを、指で突いてふしゅうと空気を抜いてやる。おもしろい。
 ピンク色の唇を尖らせて、比奈がぶつぶつ文句を言う。

「先輩は、しゅーちしんないですか」
「羞恥心ねぇ」
「こんなところであんなこと、普通しないですよ!」
「普通って? 比奈俺以外とこうしたことある?」
「うっ、ない、けど、漫画ではこんなことしない……」
「漫画は漫画。現実はこんなものだよ」
「むむむ……」