神様は見ているだけで
06

「お帰りなさいませっ、ご主人様!」

 なぜ俺はこんなところでこんなことをしているのだろう。
 寄ってくる女の子に手当たり次第にハーレクインロマンスを捌きながら、甲高い声のした方向に目をやる。
 メイドさんの格好をして訪れる人に小首をかしげてお帰りなさいませと言う比奈は可愛い。というかそのメイドさんの服欲しい。プレイで使いたい。平たく言うと俺もご主人様って呼ばれたい。
 なぜ美化委員の比奈が、この図書室で接客しているのかということを説明するのは簡単なことだ。美化委員に文化祭の仕事はない。だからなのかなんなのか、図書係の子にごり押しされてこの役目に押し込まれたらしい。図書係の子は彼女と文化祭を回りたいといういたってわがままな理由でごり押ししてきたらしい。比奈といい勝負だ。ただ相手が男だと言う時点で比奈の敗北は確定していたも同然だ。

「尚人超似合うよ〜」
「かっこいい! 写メっていい?」

 文化祭二日目に、図書委員会は書斎喫茶をすることになった。
 なんのことはない、各委員がメイド・執事の格好で図書室で待ち構えるだけの話だ。若者の活字離れが叫ばれる今日、司書の提案で、若い人も気軽に入れるような状態にして本に興味を持ってもらおうというコンセプトだ。
 大盛況なのは、ひとえに可愛いメイドさんだらけだからだろうか。拓人に借りたベストとスラックスが動きを制限して楽じゃない。

「お帰りなさいませっご主人様ぁ」
「……あの……」
「はい? ご主人様は今日はどのような本をお読みになられますか?」
「……ロリっ子メイドさん萌え……」
「えっ? ローリングメーデー?」

 ろろろ……とリストをめくって調べはじめる比奈。
 違うよ比奈。逃げて比奈。全力で走って。
 比奈の前に立つ、ガリガリで瓶底眼鏡をかけた、ネルシャツの男。明らかに『そういう系』が好きそうなオーラをバシバシ放っている。
 助けに行きたいが、歩くたびに上目遣いの女の子たちに呼び止められて邪魔をされる。ああもう!

「あ、ああああの、お名前教えてもら、もらえますか……」
「え、比奈に言ってます?」
「ひなたんって言うの? 名前まで萌えだなぁハァハァ」
「……」

 比奈の顔がサッと青ざめた。オタク野郎がその細い手首を掴んだからだ。ついでに荒い息も近い。比奈は完全に固まっている。