小さい人と欲しいもの
08

　拓人が、持っていた花束を俺のカーネーションをよけるように無造作に置く。そして、墓石の正面に立ってぱんと手を合わせて目を閉じた。あとからやってきた比奈も、拓人の隣で同じ動作をする。
　目を開けた拓人が、真面目な顔でこちらを向いた。

「もうすぐ、ルカも来ると思う」
「じゃあ、鉢合わせる前に帰るよ」
「待ってくれ。どうしても、ルカの養子には入らないのか？」
「しつこいな。どうして母さんを殺した奴の養子にならなきゃいけないんだよ」
「そんな言い方は」

　ないだろう、と言う声が尻切れトンボになって、拓人が俺の後ろを見た。ルカが、青い目を悲しそうに歪めてそこに立っていた。今の会話を聞かれただろうか、いや、聞かれたとしても支障はない。事実を言っただけだ。
　ルカは、持っていた花束を墓の花瓶に挿して、手を合わせて目を閉じた。比奈はまだ目を閉じて何やらむにゃむにゃと両手をこすり合わせている。
　やがて目を開けた比奈が、俺をまっすぐに見て笑う。

「先輩、帰ろ！」
「ああ、うん……」

　すっと手を出してつなぐ。一瞬のためらいののち、握り返される。
　ずっとこの手を握っていられたらいいのに。俺の中の俺が囁くんだ、彼女が消えたときおまえ、どうするつもりだ？
　帰りの電車で、比奈とぽつぽつと世間話をする。ミルクがちょっと太っただの、文化祭の出し物だの。

「今年は劇やるんですよ！」
「へえ、何の劇？」
「えと、白雪姫？」
「比奈は出るの？」
「白雪姫！」
「ふうん」

　よくぞその配役がまかり通ったな。俺なら絶対棄却する。比奈に主役を任せるなんて冗談じゃない。劇がぐだぐだになりそうだ。

「先輩のクラスは？」
「さあ……」
「もー！」

　例により、俺はクラスの出し物を決めるとき寝ていたので、よく知らない。じゃがバターがどうのフランクフルトがどうのと言っていた気がするから、おそらく食べ物を扱う店でも出すのだろう。

「そういえば、比奈さ、」
「う？」
「さっき、母さんのお墓で長々と目閉じてたけど、何かお願いでもしたの？」
「あっ、うん、ちょっと」
「何を？」
「あのねぇー、えーとねぇー」

　少し顔を赤くして、比奈はがらんと空いた車内を見回してから、俺の耳に顔を近づけた。背を曲げて比奈が耳打ちしやすい体勢をとると、息がかかってくすぐったい。

「先輩をね、比奈にちょうだいってお願いしたの」
「……」
「やんっ」

　恥ずかしい！　と小声で呟いて、両手で顔を覆う。恥ずかしいのはこっちだ。不覚にも顔が熱を持った。