小さい人と欲しいもの
02
ぽっと頬を赤く染めた比奈は、めちゃくちゃ可愛い。ぬるい気持ちでその横顔を見ていると、亜美さんがかつかつとヒールの音を響かせ、比奈のところまで来たと思った瞬間その身をぎゅっと抱きしめた。
「可愛いー!」
「わふ」
「もー食べちゃいたい!」
……なんで、俺の周りにいる人間はこうもなんかアレなんだ。唯一の常識人である梨乃ちゃんが恋しい。
「さ、中入るか!」
「はぁい」
「尚人くんも、寄ってく?」
「は?」
意気揚々と比奈と手をつなぎマンションに向かう足を止め、亜美さんがくるっと振り返る。
「先輩、おうち来る?」
「え、ああ、じゃあ、お邪魔しようかな……」
比奈にねだられたら断る理由がない。ふたりに並んで、亜美さんがつないでいないほうの手を取って、きゅっと握った。握り返してきた弱い握力が愛しい。
「比奈ちゃんお帰りー!」
「ただいまあ」
「なんだ亜美も一緒か……桐生もか」
「なんでテンション下がっちゃうのー」
「お邪魔します」
比奈の帰宅とともに廊下に躍り出てきたお兄さんが、亜美さんを見てきょとんとし、俺を見てむっと顔をしかめた。実に分かりやすい。
「今日は比奈ちゃんの好きなケーキ買ってきてやったからな、皆で食べるか」
「わーいケーキ!」
「比奈、イチゴのケーキ!」
亜美さんが、持っていたバッグと紙袋を放り投げる勢いで靴を脱いでずかずか廊下を行く。それに続いて比奈がローファーをもたもたと脱いで軽く走っていく。俺はのんびりローファーを脱いで、お兄さんと並んで歩く。
「お前、結婚するまで不純異性交遊は禁止だと言ったろうが」
「あれ。ばれちゃってます?」
「うちの比奈ちゃんを傷物にした罪は重いぞ」
「すみませんでした」
心にもない謝罪に、お兄さんが何かをこらえるようにぷるぷると震えて、それからため息をついた。
「……まあ、でも、感謝もしてる」
「は?」
「比奈は一生男と関わらずに暮らしていくのかと思うと、それはそれで俺は嫌だったからな。つまり複雑な心境なの、今」
「はあ」
まあ、とにかく、とお兄さんが唸る。
「とにかく、なんだ、比奈のトラウマ取っ払ってくれて、そこだけは感謝してる」
「……」
「ありがとう」
真剣な顔のお兄さんに、思わず俺も神妙な気分になる。リビングのドアを開けると、箱に頭を突っ込む勢いで、比奈と亜美さんが熱心にケーキを選んでいた。