遠いから逃げる臆病者
09

「あっ」
「うわあ、ばっさりいきましたね」
「まあね」

 髪を切った翌日学校に行くと、ちょうど門のところで比奈と梨乃ちゃんに出くわした。興味深そうに俺を眺める梨乃ちゃんの後ろで、比奈は珍しく何も言わず、にこにこと俺のことを見ていた。
 あまりにふたりが見つめてくるので、俺は似合わないかとつい口に出す。

「いえ、似合ってますよ、意外と」
「意外と?」
「ずっと長かったから、新鮮で」

 たしかにそうだ。ここまで短くしたことは今まで一度もない。長いほうがなんとなく髪の伸びが遅い気がして伸ばしていた。実際には俺はクラスメイトたちよりずっと背が高かったので、生え際なんかほとんど見られたことはないので要らぬ心配だったと言えばそうなのだが。

「なんで急に短く?」
「まあ、気分」
「ふうん」

 不思議がる梨乃ちゃんに曖昧に返して、俺はすっかり短くなった髪を、いつもの癖でついかき上げた。ベリーショートまでカットされた髪の毛は、ざりざりと音を立てた。まだ慣れないで、首筋の開放感が落ち着かない。露出した耳も少し気になる。
 このまま染めずに短く切り続ければ、髪の毛はすぐあの胡桃のような茶色になるだろう。まだ少し怖い。それでも、自分でいたい。もしも比奈が離れていっても強いままでいられる自分でいたいから。
 比奈が、鞄から俺に作ってくれた弁当を出して渡してくれる。

「先輩、食欲ないからってお残ししたらメッですよ!」
「分かってるよ」

 昨日比奈が作ってきてくれた弁当のおかずを少し残してしまったのが尾を引いているようだ。手にずっしりとした重みをもたらすそれを鞄の中にしまい込み、ありがとうと言葉をつなぐ。先日の純太の提案からほぼ毎日まめに弁当を作ってくれる(弁当が作れない場合はわざわざメールで知らせてまでくれる)比奈のおかげで、体重が少し増え、睡眠も深くなりつつあった。自分の不健康さを改めて見せ付けられ、弁当のありがたみを知った。

「あと、お肉残しちゃだめ!」
「はいはい」

 あまり肉とか腹にたまるスタミナ系のものは俺の胃には入らない。少しの量で腹いっぱいになってしまう。から、肉や揚げ物を残しがちだ。比奈はそれを分かってて、と言うか分かっていても栄養のバランスの関係で毎日肉類を入れている。

「じゃ、また放課後ね」
「はあい!」

 三年生の教室がある階の階段の踊り場でふたりと別れ、俺は自分のクラスに足を向けた。