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「…………」
「……あゆむちゃん、何見てんのさ」
「あの女」
「あー」

 寝たと思っていた尚人が、唐突に口を開く。答えると、思い出したように校舎に目をやった尚人が、上体を起こして軽く唸った。

「旭さんだっけ?」
「あ?」
「あの子の名前」
「知らね」
「旭……下の名前はちょっと覚えてないや……先生に呼ばれてんの、何回か見たことある」

 学校はサボり気味で他人への興味が薄い尚人が、先生に呼ばれた他人を覚えているということは、その呼び出しはよほど印象的だった(つまり好意的じゃない確率が高い)のだろう。増して、その尚人が「何回か」見たということは、実際もっと呼ばれているだろうということで、結構な問題児なのか、と思う。
 抱いた女の顔すらろくに覚えられない尚人が覚えている人間といえば、大概が目立つ問題児やいやに特徴的な出で立ちの奴ばかりだ。あさひ……と言ったか、遠目にも特に派手な格好には見えないから、おそらく前者だろう。

「可愛いよね。なんか、リアクションとか」
「……」

 女なら誰でもいいくせに、可愛いだのリアクションだの、謎の理由をつけやがって。携帯をいじる尚人に視線をやって、食べ終えてしまったアイスのカップとスプーンをゴミ箱に投げる。
 パチ、と携帯を閉じて、尚人が遠くの窓際に佇む女に目をやって、それから俺を見る。

「……まあ、なんて言うか、青いよね」
「……お前も年齢的には青いはずなんだけどな」
「俺はもう枯れてますから。せいぜい頭ん中で旭さんを脱がして触ってみるくらいしか出来ないわけですよ」
「じゅうぶん青い……」
「可愛い子の悩ましい姿、想像しない男子がいたらそれはゲイか赤ちゃんだよ」
「……もういい」

 なんだって尚人って男はこんな馬鹿なんだ。
 視線を、校舎から空に目を移す。どこまでも青く、うまそうな、大きな雲が浮いていた。いかにも夏ですというような、なりふりかまわず制服のままでいいから海に飛び込みたいような、野暮ったい青さだ。
ちくしょう。想像しちまったじゃねぇか。

 ◆

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