03



 あ、怒ってる。
 達樹を妊娠したころ、あゆむはわたしに結婚式を挙げたいか、と聞いていた。たぶん、お金の問題や自分のやりたくなさに合わせてわたしがそれを言い出せないのでは、と悩んでいたのだと思う。
 やりたくないわけがない。あゆむの言う通りだ。わたしは小さいころからずっとずっと花嫁さんにあこがれてきたし、親とか親戚とか友達に祝福されて大好きな人と結婚式を挙げるのも、ずっと夢だった。
 でも、あゆむと結婚するって決めて、そういうのは全部諦めた。それはあゆむがお金持ちじゃないからとか、そういう理由ではなくて。
 わたしの夢の中では、結婚式が幸せの絶頂だった。結婚式のあとも人生が続くことや、むしろその先が本番であることなど想像もしていなかった。だけど、あゆむと結婚してから毎日幸せで、ときどきケンカもするけど、でもこんなに幸せでいいのかなって思っちゃうくらいほんとうに幸せで、だから結婚式なんか、いいやって諦めちゃえるくらいのものになってしまった。

「あゆむ」
「あ?」
「わたし、今じゅうぶん幸せだから、もういいの」
「……」
「あゆむがとなりにいてくれるだけで、達樹がいるだけで、幸せだから……」
「分かってねえな」
「……え?」

 あゆむが、達樹をベビーチェアに固定して立ち上がってこっちに来た。それから、わたしの目元をちょっと乱暴に拭ってため息をつく。

「馬鹿かお前、幸せに上限なんかねえよ」
「……」
「せっかく結婚したんだから、もっと幸せにしたいとか、喜ぶ顔見たいとか、そう思うの当たり前じゃん」
「……」
「泣く理由はよく分かんねえけど」

 ぐしぐしと目元をこすりながら、はは、と笑われる。ひどい顔、と言う。

「結婚式は、金ないし無理だよ。でも写真だけなら都合つくだろ、って思ったけど、うちそんな厳しい?」
「……ううん」
「じゃ、いいじゃん」

 そう言って、あゆむがにかっと笑うので、なんだかたまらなくなってしまって、また泣いた。

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