02



「あゆむ!」
「おう」

 ひらひらと手を振ると、頼子は見えないしっぽを振る勢いでこちらにやってきて、俺に紙袋を差し出した。

「昼飯?」

 にしてはちょっと重たい。

「お弁当、と、……バレンタインのチョコ!」

 ばれんたいん。
 そこでようやく合点がいった。そうか、俺があの女にチョコをもらったのは、今日がバレンタインだったからなのか。紙袋の中を覗くと、いつもの弁当箱のほかに、箱が入っている。
 弁当よりそっちが気になって箱を開けると、ころんとした、ココアパウダーをまとったかわいいチョコが現れた。

「手作り?」
「当たり前じゃん!」
「ふーん」

 にこにこしている頼子をちらりと見て、一粒つまんで口に入れる。うまい。さっきのもうまかったけど、やっぱり普段食べ慣れてるのに近い味がする。さっきのは、洋酒の風味とかきいててお高い味がした。
 うまいうまいとぱくぱく食べていると、頼子が叫んだ。

「ちょっと! なにこれ!」
「は?」

 頼子の視線の先を見ると、先ほど俺が食い散らかしたチョコの包みの残骸があった。

「何って、チョコ」
「だ、だ、誰にもらったの!?」

 誰だっけ……。中の上、と思ったのは覚えているんだけど、もうその顔自体は覚えていない。俺が黙っていると、半泣きになった頼子が俺によよよと抱きついてきた。

「なん、なんで、わたしの、より先に……」
「はあ?」
「なんでもらうの!?」
「くれたんだからもらうだろ」
「あゆむのばかああああ!」
「ああ?」

 聞き捨てならない。俺に向かって馬鹿だと? 間抜けひよこのくせに。
 泣きべそをかく寸前の顔で俺を責める頼子に、なんか俺は何も悪いことをしていないのに悪いことをした気持ちになってくる。いや、俺は別に悪くない。

「お、おいしかったの?」
「そりゃあな」
「わ、わたしのより?」
「いや、比べるもんじゃねーだろ」

 既製品と手作りは比べるものじゃない。冷静に考えて既製品のほうがうまいのはだいたい相場が決まってるし、手作りは気持ちを込めたというところにポイントが入るわけで、問題は味じゃないと思うんだが。
 そう思いつつ、へばりついてくる頼子を無視してチョコを食う。誕生日でもなんでもない日にチョコがもらえるというのはいいものだ。
 むしゃむしゃしていると、頼子が涙目でじとっと睨んできた。

「何」
「おいしい?」
「うめえよ」
「あっちより?」
「だからさあ、比べるのがおかしいだろ」
「……」

 どうしようもない馬鹿だな、こいつ。
 めそめそしながら俺から離れて、チョコの包みを片付け始めるその背中に、哀愁がただよっている。それを感じ取るとなんだかやっぱり悪いことをした気持ちになる。だから、俺悪くねえって。
 あぐらをかいて、膝に頬杖をついて、その背中を眺める。なんか、いじけてるみたいだけど。

「ひよ」
「なに」
「お前かわいいな」
「……!」

 振り向いた頼子の顔が真っ赤だったので、なんだか今度はいいことをした気になった。

 ◆

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