08



「っ顔に、傷なんかつけたら、すずさんが心配するじゃん……」
「……」
「も、あゆむが何考えてんのか、全然分かんないよ……」
「……あのなあ」
「傷害罪」
「ああ?」

 場にそぐわないのんきな、けれど内容は剣呑な声。
 振り返ると、口の中も切ったのだろう、ペッと吐き出された赤が妙に似合っている、唇についた血を舐めた花田くんが、じっとりとあゆむをにらんでいた。

「最悪。治療費出せよな」
「ハァ?」

 あゆむが勢いをつけて立ち上がったのが目の端に写った。
 そして、授業を中断してたくさんの野次馬が集まる廊下に、パシンと乾いた音が響いた。

「……旭?」
「おい、ひよ」
「強制わいせつ罪っ! 慰謝料払ってよね!」
「……は、」

 左頬を押さえた花田くんが、馬鹿にしたように笑った。右のてのひらが、少しばかりじんじんとしびれる。花田くんを前にすると泣きそうになる。
 だけどそれでも、こうしてやらないと気が済まないと思ったし、最悪、なんて、言いたいのはこちらのほうだ。
 ぐっと唇を噛んで、泣きそうになるのをこらえていると、あゆむがわたしを呼んだ。

「そんなんにさわんな。手が腐る」
「あゆむ……」
「お前今すっげーブスなの、分かってる? 顔洗え」
「うっ……」
「あと、汚いタオルで俺の顔拭いただろ、今」
「うぅ……」
「行くぞ」
「え?」

 あゆむが、わたしにてのひらを突き出していた。いつもあたしの手を気ままに掴んで歩く、彼の手が、目の前に差し出されている。

「へちゃな顔すんな」
「……へへっ」
「きもい」

 伸ばした手で触れたあゆむは、やっぱりあゆむで、わたしの歩幅もおかまいなしに野次馬に目もくれず平然と歩いていく。
 金色のライオンみたいな髪の毛と、サイケな色合いのジップアップパーカーの背中と、捲り上げた袖から露出する太い腕。
 なぜだか、すごく懐かしくて切ないものに感じた。

 ◆

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