05
語気荒く、あゆむが掴んだ肩を揺さぶって、わたしの背中がソファの固い背もたれに押し付けられた。
そのとき、少し伸びた前髪の間から見えた瞳が、なぜか少し哀しそうで、少し焦っているようにも見えて、わたしの目のふちに、こんもりと水が盛られる。
「泣いてんじゃねえよ」
「ごめっ、なさい……」
「だから、何が」
「わたしっ、花田くんに」
キスされた。
ほとんど音にならずに嗚咽に消えたようなそれを、あゆむの耳は拾ってしまったようだった。肩を揺すっていた腕が止まって、右手が浮いた。
瞬間、背もたれに埋まっていたわたしの顔の横に、どすんと鈍い音の拳が振り下ろされる。
「……あゆ、む……」
「あ、そ」
恐る恐る見上げたあゆむの顔は、今までに見たことがないくらいに冷たかった。
どんなに嫉妬されても、わたしが鈍くさいせいであゆむを怒らせても、必ずあゆむの目だけは感情の色を持っていた。
けれど今、わたしを見下ろすあゆむの瞳には、なんの感情も宿っていなくて、もちろん声も、怒っているというより何の関心もなさそうな冷めたもので、あ、そ。の響きは、リノリウムの床にとんと音を立てて、落ちていった。
花田くんにキスをされたときよりも、わたしは放心していた。
涙も引いて、あゆむを追う目は、いつもと変わらない去って行く背中をただただ見送った。
あゆむに、嫌われたんだ。
わたしが、ほいほい花田くんの誘いに乗ったから。いつもあゆむに言われていたのに、無防備でいたから。
もう、興味も注いでくれないんだ。
「……っ」
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