03
「あらら。唇腫れ上がっちゃってるじゃない。何したのよ」
男子生徒の間で、女子高生にはない色香と物腰の柔らかさが評判の保健医は、わたしの顔を見るなりそう言った。
それから、目が腫れてすごくブスよ、顔色悪くてチーク浮いてるわよ、といかにも女らしい指摘をする。
「あらら。泣いてちゃ分からないよ。どうしたの、ほら、顔拭きなさい」
渡された蒸しタオルを顔に当て、漏れる嗚咽を飲み込む。
いつもはどことなくいい気のしない消毒液のにおいは、今日は鼻が詰まっていてちっとも神経に届かない。
保健室の真ん中に鎮座するソファに腰を下ろし、目の周りに散ったであろうマスカラを落として、唇をこする。
「こら、それ以上やったら皮剥けて痛いぞ〜」
「……」
「何があったの。先生に話してごらん」
目の前のローテーブルに紅茶のカップが置かれ、隣に座った先生がタオルを奪って、丁寧に化粧の残骸を拭き取ってくれる。
細くて長いきれいな、だけど水や薬を扱うために少しかさついた指が、背中をなだめるように撫でて往復する。ん、と優しくまろやかに音を跳ね上げて、急かすことなくわたしの口が嗚咽の形以外に開くのを、じっと待っている先生にようやく舌をもつれさせながら、話し出す。
「……あのね」
「うん」
ぬるいアールグレイを飲みながら、先生に、ごちゃごちゃになった自分の気持ちを整理しながらゆっくりと、独白のようにつぶやく。
話しているうちに、だんだんとよみがえってきて気分が悪かったのだが、唇にタオルを当てて耐えた。
「そう。花田くんだっけ? 小学校で教わらなかったのかなあ、人に無理やりそういうことをしてはいけませんって」
にっこり笑っているが、額がひくひくと小刻みに痙攣している。怒っているんだ、と分かる。
「どうしよう、あゆむに嫌われちゃう」
「やだ、真中くんってそんなに器がちっちゃいの?」
「……」
否定も肯定もできない。
ゆるりと頭を撫でられて、それが心地よくて目を細めると、先生も同じように目を細めて、保健室の入り口に視線をやった。
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