02



「あのっ、用事ってなに? はやく済ませてくれない?」
「……旭ってさー、なんか情緒ないよな」
「情緒? お願いだから、はやくして。人待たせてるの」
「んー。じゃあ手っ取り早く言うけど、俺、旭のこと好きなんだよね」
「ごめんなさい! じゃあ!」

 くるりと方向転換して戻ろうとすると、がしっと後ろから腕を掴まれた。
 ああ、デジャヴ、去年の悪夢がよみがえる。
 振り返ると、掴んだ犯人はなんだか不敵な笑みを浮かべている。

「あの、花田くん……?」
「旭ってさ、真中の犬みたいなのな」
「……」
「疲れねぇ?」
「別に……手、離して」
「嫌だね」
「花田くん」

 声に自然といらつきが混じる。
 花田くんが、わざとらしくため息をついてつぶやく。

「正直、王様に振り回されてる召使にしか見えないよなあ……俺だったら旭をそんなふうに扱ったりしないんだけどなあ」
「花田くんに、関係ないでしょ」
「あるよ。だって俺旭のこと好きなんだから」
「だから、……!」

 何を、されたの、今。
 頭が真っ白で、見開いた目に離れていく花田くんの切れ長な一重の瞳が映った。
 ど、と汗が噴き出して、感覚という感覚が戻ってくる。今確かに唇に触れた、やわらかな感触も。

「……あ、なんか今、真中が旭を振り回す理由、分かったかも」
「……」
「旭って、泣きそうな顔とかすっげ可愛いのな」

 腕を振り払った。足が地面を蹴った。とにかくその場から一刻もはやく逃げ出したくて、抱えていた弁当箱が腕からすり抜けたのも気にしないで、足を前に出した。
 もつれそうになる足を動かして動かして、たどり着いたのは昇降口近くの水道台だった。
 意識的にか否かはよく分からない。けど、とにかく唇を洗わないといけないと思った。
 制服のポケットに入れたマナーモードにしていた携帯電話が、何度か小刻みに震える。
 わたしには、それが待ちぼうけを食わされているあゆむからの電話かもしれないとか、そういうことを考えている余裕はなかった。
 どうしよう。気持ち悪い。
 それだけが、頭の中を埋め尽くしていた。

 ◆

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