09



「あーちゃんっ、あゆあゆあゆあゆ」
「……んだようっせーな」
「お買い物付き合え!」

 天気のいい日曜日、リビングのソファでだらだらしながら頼子から電話でも来ないかと携帯の待ち受け画面をぼんやり眺めていると、後ろから勢いよく抱きつかれた。(タックルされたとも言う)
 妙にテンションの高い姉ちゃんは、もうすでに出かける準備万端で、目がキラキラしている。はなから、俺が断ることなど考えてもいないのだ、この自己中姉貴は。だいたい、誘い文句も命令形だったし。

「何買うの」
「りっくんの誕生日プレゼント」
「……あぁ」

 姉ちゃんの彼氏である里玖さんは、腹黒天使だ。にこにこと人好きのする笑みを浮かべながら、気に入らないことがあるとその笑顔のまま陰険なやり方でちくちくと攻撃してくる。人の些細ながらも痛い弱点を巧みに突いたり、満面の笑みの目だけが笑っていない無言の脅しだったり。どうして姉ちゃんは気付かないんだ、自分の彼氏のあの危険な側面に。
 そんな里玖さんは、意外なことに残暑厳しい九月生まれだ。俺のイメージでは、梅雨時とか真冬だったのだが。じめじめむわりと暑い、という点では、九月もある意味妥当だろう。
 姉ちゃんひとりで買い物に出かけると、プレゼントがなにかとんでもないものになりそうだったので(どんなトンデモプレゼントだろうが、姉ちゃんからの贈り物ならあの人は本気で喜んで受け取るだろうけど)、俺はしぶしぶ立ち上がって出かける準備をした。

「……あれって」

 街に出て駅ビル内の店を冷やかしていると、いつの間にか姉ちゃんが消えた。どうせまた、なにかめぼしいものを見つけて本能のままに食いついたのだろう。おかしい、このフロアは女物なのに、里玖さんのプレゼントは絶対にない場所なのに。遠くには行ってないはずだろうから、近くを探索していると、見知った後姿を見つけた。

「ひよ?」

 振り向いた顔はやっぱりそいつで、ぽかん、とした顔の間抜け面に話しかけようと口を開く。何してんの、お前買い物なんてしてる暇あんなら俺に電話してこいよ。と、言おうとする。

「お前」
「あーちゃーん!」

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