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噎せ返る様な血の臭いに弑されることもない、確かな菊の香。これは物ノ怪の発するもの。只の香木や花の匂いではない。業深い、何処か闇を孕んだかおり。骸の上に屈んで女の子に両腕を伸ばした。ぴちゃり、と白い狩衣の裾が赤黒い色に染まる。紙が水を吸い上げていくその過程と同じ様に、みるみるうちに黒い模様の様になって仕舞った。しかし、それには構うまい。元々合戦の跡に降り立とうと言うのに汚れごときを気にするつもりは無かった。その侭女の子を抱き上げる。目の前へと晒したその顔は泥で酷く汚れていたが、洗えば十分に綺麗になるだろう。

(この子は魔女か、)

抱き上げたことにより物理的な距離が縮まった。菊の香に混じって先程までは気が付かなかった魔女独特の何とも形容し難い匂いが鼻をつく。ふと、思い当たる節があった。菊を纏う魔女と云えば、先の北の魔女に相違ない。一度しか逢ったことは無いが、彼女は見事な金色の髪をしていた。魔女は己に生き写しの子を生涯に一人産むと云う。それがきっとこの金色の髪の痩せた子なのだろう。北の魔女は既に死んでいると風に聞いていた。大方、母を早くに失った幼い子は逃げていたのだろう。そうして何の因果かこの合戦場に脚を踏み入れ、巻き込まれた。風が血生臭い臭いを運ぶ。折れた旗が忙しなくはためくいていた。ちゃり、と小さな鉄と鉄をぶつけ合わせた様な音が耳に届く。音の出所を見遣ると、女の子の脚に太い鎖が絡み付いているのが見えた。方腕だけで女の子の身体を支えると、空いた腕で彼女の脚の鎖をひきちぎる。

(人の仕業か)

がち、と音を立てて遠くへと飛んだ鎖を見遣る。知らず、眉間にしわがよる。激しい嫌悪感が胸の内をついた。時折人は物ノ怪をこうして捕らえる。異形のものに対する怖れから、或は胡乱な噂を信じて不老不死を得んと食す為。成体の物ノ怪はまず捕まりはしないから、たいていは彼女の様な力の使い方も解らぬ幼い子を嬲る。その事がより一層、胸を犯す嫌悪の原因となった。


(これだから人は救い難い)






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