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(花魁道中だわ)

珍しくも無い、と乱菊は溜息を付いた。外から来た客には色街の花形とも言える花魁を直に見れる機会は滅多に無いことなのかも知れない。けれど中で暮らす者達にとっては別段珍しくは無いものだった。

(で、誰の道中なのよ)

暇な事もあったし、折角だから見てやろう、と紅色や金色が混ざり合っている行列の中心に目を凝らす。留袖新造、振袖新造、男衆を連れて八文字を地に描きながらゆったりと進む男には見覚えがあった。その姿を瞳に捕らえて、乱菊は思わず息をのむ。紅い牡丹を描いた派手な柄の着物を身に纏い、朱を引いた眦で薄く笑みをつくっている男。男だから頭に簪は挿していないのか、変わりに真っ赤な生花がその白銀の髪を彩っていた。この花街でも数人しか許されていない太夫の位を持つ彼、白銀太夫。

「…ギン」

彼の名前が口を付いて出た。昔、幼かった乱菊を守ってくれた人。その頃から今もずっと乱菊の想う男。

呆然と行列を見つめていた乱菊はふとギンがこちらを向いたような気がした。ギンの滅多に見開かれることの無い蒼い双眸を見ている。

(私が此処にいるってわかってるの…?)

まさか、とは思うがギンなら、とも同時に思う。彼は昔から乱菊が何処にいるのか直ぐにわかっていた。だから泣いているときも何でもないときも何時も傍にいてくれた。何度理由を問うても決して教えてはくれ無かったけれど、彼は乱菊のことなら何でもわかるんよ、と笑っていた。

(らんぎく、)

ギンの形の良い薄い唇が確かにそう動いた。乱菊が返事をしようと口を開くと既にギンの視線は乱菊からは外されていた。取り残された様な感覚に陥る。行列は前へ前へと相変わらずゆっくりと進んで行く。

(ギン…)

亀の歩みにも似たその後ろ姿を見つめて、乱菊は一人呼べ無かった彼の名前を呟いた。




(にくいのは、この距離)





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