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鏡に向き合い、唇に紅を差す。何十回何百回、何千回も繰り返されたこの動作にもはや何も感じ入ることは無い。今日も今日とて、お仕事が始まるのだ。徐々に暗く為って行く天を否定するかの様な明るい提灯が室内を、外の街路を照らしだす。この街は今からが本番。夜にこそ、真の醜い姿を引きだす。乱菊はその花街の中でも高位につく花魁だった。庶民には手が出せぬ程の衣に身を包み、庶民には払えぬ程の揚げ代を取る。乱菊天神、それがこの美しさを嘯いた花街の中で乱菊に与えられ、また乱菊が勝ち取った名と呼称だった。

天神と呼ばれる花街第ニ位について仕舞えば、散茶や梅茶の様に紅格子の中で客を待つ事もない。自分の部屋の中にただ居れば良かった。禿が指名を持ってくる迄何をして暇を潰そうか、と手慰みに三味線を取ろうとした時だった。

わあ、と窓に面した大路から歓声があがった。乱菊のいる廓は所謂大見世と呼ばれる所で花街の主な通りである大路に面して見世を構えていた。見世の二階にある乱菊の自室も一部が大路に面していてそこに紅格子のかけられた窓がはまっている。

(何かしら…?)

三味線を畳に置いて、紅格子に手をかける。髪型を崩さ無いように器用に顔を覗かせると眼下に派手な一群が見えた。






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