はあ、と火神は小さく溜め息をついた。エレベーターホールの冷たい壁に凭れる。ホールを見遣れば、未だ熱気に湧いている。着飾った男女達が溢れるディナーパーティーは自分には不釣り合いだと火神は思う。火神は資産家でもなければ政治家でもない。前日に高級ホテルでパーティーをひらき、14日間で一千ドルを越えるようなクルーズに縁なんてある訳もなかった。そう、これは捜査の一環。

ことの起こりは数日前に遡る。信頼できるインフォーマーから豪華客船アドラー号にて陽泉商会が非合法に武器の取引があるとたれ込みがあった。陽泉といえば裏社会でも有名な武器商会で、バックにはロシアンマフィアがついているとかいないとか。チーム誠凛に下された任務はその取引相手をつかみ、陽泉の商人諸ともに捕まえること。そのための潜入捜査員に選ばれたのが、新人で面の割れていない火神だった。たれ込みを受けてからの捜査で商人と取引相手はどちらも最高クラスのロイヤルスイートに宿泊することがわかった。乗客名簿を入手できれば誰が商人かは容易い話ではあったが、会社が個人情報の保護云々を宣ったために入手出来ず、自力で集めていくしかない。そのための潜入捜査だ。ロイヤルスイートの客室は全部で10。そのくらいなら何とかなるだろう、と火神は楽観的に考えた。

「あっ」

べたん、という間抜けな音がエレベーターホールに響く。その音に急激に意識を引き戻され、音の出所に目をむければ真っ赤な足の長い絨毯の上に白いミニドレスを着た少女が倒れていた。

「見ましたか」
「いや、あの、その…見てねえ、です」

髪と同色の水色の瞳がき、と此方を睨んだ。けれどその瞳には羞恥からか薄く濡れている。火神は少女に歩み寄ると立つために手を差しのべた。子供と女性には優しくする事。人としての常識だ。少女は一瞬躊躇ったが火神の手を借りて立ち上がるとドレスの膝を払った。

「ありがとうございます」
「大丈夫か」
「はい」

火神は少女を見る。肩口で切り揃えられた水色の髪に水色の瞳。白いミニドレスも相まって、全体的に色素の薄い少女だった。此処にいるという事は少女もアドラー号の乗客となるのだろう。大方どこぞの資産家の娘、といったところか。

「テツナ」

思考を巡らす火神の頭に割って入ってくる声。それに呼ばれる様に少女が振り向いた。火神は視線を声のした方、少女の向こうへとむける。10歩ほど離れた場所にいたのはタキシードをきた赤髪の品の良さそうな青年だった。

「兄様!」

弾かれた様に青年のもとへ駆けていった少女ーテツナを見送って似ていない兄妹だな、と思った。




[ 55/70 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -