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 霊幻とフェロモン

※エイプリルフール



「新隆ってフェロモン感じ取ったりする?」
「…は?突然どうしたんだ?」


定期的にマッサージにやってくる馴染みのコイツは唯一と言っても過言でない俺の女友達だ。
自分でサロンをやっているのに、わざわざ俺の所に毎回予約を入れてきて義理堅い奴。
毎日ずっと立ちっぱなしで辛いと嘆くそいつの、疲労が蓄積して張ったふくらはぎを揉みほぐしながら聞き返す。


「取り扱ってるブランドで、フェロモンを刺激する香水?だか出すだかいう香水が新商品であって…」


今日そのサンプルつけてみてるんだけどと言われて手を止めた。
特に気が付かなかったが。
鼻に意識を集中してみるが、やっぱりいつもと違うような香りはしない。


「手首につけた?」
「つけたのは服の内側だけど」
「んー?」


そう言って両腕を広げられた。
これは嗅いでみていいってことだよな。
セクハラって言うなよと念を押して改めて鼻を寄せてみたが、やっぱり違いがわからん。


「朝つけたのか?」
「うん」
「じゃあ体温で匂いが上に上がってるかもな」


胸元から首筋に移動してみたが、やっぱり鼻腔を擽る香りはいつものコイツだ。
もう消えてるんじゃねぇの?


「…全然いつものお前の匂いだけど。コロンか?それ」
「……そっか。どうだったかな〜」


嗅がせた本人は人にさせておいて自分で恥ずかしがっている。
照れるくらいならなんで"嗅いでください"って素振りを見せたんだよ。
チラリと時計を見ればもうすぐ正午だ。
…フェロモンと言えばひとつ思い出したことがあった。


「そういやフェロモンっていったら、顎の下を指で30秒擦ると出るらしいぞ」
「え。そうなの?」
「やってみるか?」


顎の下を指さしてやると、素直に自分で摩り始める。
しばらくそうして


「…もう経ったかな」
「あと7秒」


腕時計を見ながらカウントしてやってた俺に「結構長いね30秒」と言って摩り続ける。


「…はい。30秒」
「顎下ジンジンする…てかそれってさ、本当なら顔のリンパ流す度にフェロモンでてるってこと?」
「老廃物流してフェロモン出すのか」


笑ってふくらはぎのマッサージを再開すれば、椅子に背を預けて「ジョークアイテムなのかなぁ」と零している。


「…それ今持ってきてんの?」
「あるよ。……コレコレ」


椅子の脇の荷物置きから鞄を取り出して、ポーチからアトマイザーを差し出された。
男の俺がつけるのは流石にやめておこうと蓋を開けて吹き出し口の香りを嗅ぐに留める。
ふわりと届いたのはベリー系の甘い匂いに後からバラのようなフローラルが覗く、女らしいといえばそうだなと思う香り。
でもこう、何か刺激を受けるかっていったらそんなことはないな。


「どう?」
「…普通。あとは……お前にはこういう匂い合わないと思うぞ。俺の感想だけど」


これなら前に飲みに出掛けた時に付けてた方がムラッとしたな。
そう言うと「新隆ってそういうの全然顔に出ないんだね」と過ぎた話に困惑した顔があった。
そこで施術の終了を告げるアラームが控えめに鳴って、それはつまり午前の終了でもある。


「ハイ。っつー訳で、擦ってフェロモン出る話は嘘だ。マッサージも終わり。お疲れ」
「ありがとう…え?何がそういう訳?」
「今日。エイプリルフール」


嘘をついていいのは午前中だけだからな。
俺が伸びをしていると戸惑った様子の声が聞いてきた。


「えっ。待ってよ、何処まで嘘なの?香水は?」
「フェロモン香水か?お前に合わなそうと思ったのは本当だぞ」
「違っ…飲み行った時の…!」
「次回の予約はどうする?再来週にするか?」


聞こえなかった振りをするとコイツは口を開き掛けてまた閉じる。


「……再来週の木曜にする。時間は今日と同じでいいよ」
「毎度どうも」


早速予定を書き込んで、身支度を整えたのを見計らって出口まで送る。
事務所を出る間際に呼び止めると、何事かと振り返った。


「俺いいフェロモン香水知ってるけど」
「新隆そんなの知ってたの?知識広いね」
「手首出せ」
「? 今あるの?ユニセックス?」


首を傾げながらも言われた通りに両手首を差し出してくる。
素直すぎてたまに心配になるが、今日はもうそんなこと考えなくていいだろう。
懐から出した俺が今も使っている香水をその手首に吹きかけてやる。
腕を掴んで首元にもつけさせてやると、「え。これ新隆がいつも付けてるやつ」とコイツも匂いですぐ気が付いたらしい。


「男ものじゃん…え?新隆のってフェロモン香水なの?そりゃいい匂いだなとは思ってたけど」
「これは俺用のやつな」
「…新隆用??」
「お前が俺の匂いなの、興奮するだろ」


相当効くと思うけど。
そう言って首筋に鼻を寄せると、嗅ぎ慣れた匂いの奥にコイツのいつもの匂いが感じられた。
少し時間が経って馴染んだらそれはそれは効果覿面だろう。
すぐ目の前の首に段々赤みが差してきて、か細い声で「う、嘘だよね…?」と尋ねてくる。


「もうエイプリルフール終わりだろ。…効果あるか確かめてみるか?」


今日お前が休みなの知ってるけど、予定は?と聞けば、「新隆が仕事あるでしょ」と言われる。
俺はその言葉に出入口の札を終業に変えて答えた。





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