律とデート?の予定
人気の少ない廊下。
まるで非現実的な世界みたいだ。
いつかに見た映画を思い出す。
あれは確かホラーだったけれど、普段過ごしている学校がもしかしたら別の側面を持っているのかもしれないと小学生の自分は想像を膨らませたっけ。
そう昔を思い返しながら上履きを鳴らし歩いていると、数メートル先に見知った姿を認めて「律くん」と声を掛けた。
私の声を聞き付けて、律くんは足を止めて此方を振り返ってくれる。
「先輩。来てたんですか?」
「うん。希望者には夏期講習があるからね」
「補習ではなく?」
「失礼な。これでもちゃんと志望校の判定はAなんだよ」
薄く笑われて言い返せば目を細められた。
年下とは言え落ち着いた雰囲気を纏う律くんの素振りは年の差を感じさせない。
私が中1の頃は3年生なんて皆大人のように見えたけどな、と律くんが出てきた教室を見る。
「視聴覚室になんて何の用があったの?」
「今、生徒会室が使えないので。夏休み中は臨時で此処を使ってるんです」
「なるほど」
「夏休みでも生徒会はお仕事かぁー。大変だね」と口にすれば「そうでもないですよ」と涼し気な声。
日の当たらない風通しの良い場所なのもあってか、心地が良い。
「…律くんてさ、何か大人っぽいね?」
「そうですか?そんな事言われたことないですよ」
「またまたー。女子が放って置かないでしょ」
頭が良くて、物腰が落ち着いてて。
確かスポーツもできるしオマケに1年生なのに生徒会に所属してる。
アニメやマンガの世界だな、と目の前のスーパー中学生に羨望の眼差しを向けると、珍しく「えっ」と戸惑うような様子を律くんが見せた。
新鮮なその姿にパチリと瞬きを数回すると、その間に律くんの頬が僅かに赤く色付く。
フイッと目を逸らされたのを不思議に思っていると、咳払いをした。
「…僕、この間誕生日だったので。それでちょっと大人っぽく見えただけじゃないですか?」
「そうなの?いつ?」
「2日です」
「へー!おめでとう!…あー…今お祝いにあげれそうなものがないなぁ…」
ゴソゴソと何か気の利いたものはないかとスクールバッグを漁ってみるが、とっても真面目に勉強しに来た今日の私は筆記用具以外遊び心のあるものは何も持って来ていない。
「女子らしくお菓子でも常備しておくべきだったー」と嘆くと「気持ちだけで十分ですよ」と苦笑された。
"何かひとつくらいあるだろう"と駄々を捏ねるでなく、そう言える所が世の中1男子と違う所なのではないかとしみじみ思う。
「じゃあ、今度会う時までに何か用意しとくよ」
「…いいんですか?」
「勿論!だっておめでたいことだもん。私もお祝いしてあげたいし」
「そんな…ありがとうございます」
両手が塞がっている時に手を貸してくれたり、行動派故にすれ違うこと多々な徳川への伝言を預かってくれたりと、普段から出くわす度に何かと律くんには助けられている。
日頃のお礼も兼ねて囁かながら気持ちを伝えられればと思っていると、控えめに「あの」と声を掛けられた。
「ん?何、律くん」
「…催促するみたいでアレなんですけど…そうじゃなくて」
「…うん?」
言いにくそうに首に手をやってから、律くんは遠慮がちに視線を合わせてくる。
心做しか落ち着かなさそうに鞄を掴んでいる手が握られたり緩められたりして、何か気になることでもあるんだろうか?と首を傾げて先を促してみせた。
「先輩が良ければ、都合のいい日に会いませんか…?」
「…学校じゃなく、ってこと?」
「受験勉強で忙しいのはわかってるんですけど…っ」
「息抜きにでもなれば…」とか「良くなければ大丈夫です」とか少し早口気味に言葉が続いて、撤回されそうな雰囲気に私は手を差し出して"待て"をする。
「夏期講習以外にも予定幾つかあるんだ」
「そう、ですよね」
「でもいつなのかはゴメン覚えてないから、家帰って確認したら連絡するよ」
「……連絡…ですか?」
俯きそうになっていた顔が意外そうに目を見開いた。
「私塾にも行ってないから携帯ないんだけど…家電でもいい?」と聞くと律くんは「だ、大丈夫です」と頷く。
律くんのおうちの電話番号と我が家の番号をメモに書いて交換し合うと、「じゃ、後で電話するね」と手をヒラつかせた。
律くんもそれに手を振り返してくれるのを見てから3年生の昇降口に向かう。
--…あ。服、何着てこう…
3年になってから私服で外出する機会がぐっと減ったこともあり、思えばファッション誌も半年くらい見ていないことに気がついた。
帰りに本屋に寄る?
…でも家に帰るのが遅くなると律くん、電話待ってるかもしれないし…。
後輩の律くんに比べて私の方が子供っぽい格好になってしまうという可能性を見出して、急に「どうしよう」と悩み始める。
うんうん唸りながら歩いていれば、結局本屋にも寄らずに真っ直ぐ家に帰ってきてしまい、自分の帰巣本能に呆れながらクローゼットと睨み合う。
帰った矢先にガタガタと引き出しを漁っては服を並べて首を捻る私に、お母さんが「何?デートでもするの?」と声を掛けてきた。
「デートじゃないんだけど…お誕生日のお祝いも兼ねて…ってこれは律くんが言ったんじゃないけど、良かったら会おうって誘われて」
「律くん?男の子?じゃあデートじゃないの」
「え?」
ポカンと口を開けて固まる私を他所に、お母さんは「デートならねぇ〜…んー、ワンピースじゃ決めすぎかな?でもこのスカートじゃねぇ」と勝手に散らばる服の中から幾つか摘み上げて私の体に宛がってくる。
「お父さんには内緒にしときましょうね」と何故か嬉しそうに笑いながら言うお母さんを見つめつつ、「これってデートなの?」と疑問で頭が埋め尽くされていく。
いやいや、ただお祝いするだけだし…?
今夏休み中だからたまたま休日に会おうってそうなっただけで…。
グルグルと思考が渦巻いたものの、結局"デートかどうなのか"という問いの答えは「私にはわからない」で着地した。
予定帳を開いて暇な日付を確認していると、後ろからお母さんが覗き込んでくる。
「ねぇ、デートでしょ?いつなの?」
「わかんないよ、もー。しつこいー」
「律くんてどんな子?同じクラス?」
「良いじゃん何でもー…ついてこないでよ」
電話を掛けようと階段を降りると、まだお母さんは私の後をついて話を聞こうとしてくる。
「電話するからあっち行ってってば」とそれを払い除けると、渋々と言った風にようやくリビングへと引っ込んでいった。
メモを見ながらダイヤルを押して、呼出音の合間にふと思いつく。
そうだ律くんに聞いてみよう。
頭が良い律くんなら私にはわからなくてもわかるかもしれない。
「これってデートになる?」って。
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