dust | ナノ


 構ってちゃんなショウ




お昼の12時ちょうど。
時間ピッタリに起動したアプリが今日から開始のイベントを通知して、私は黙々と携帯をいじる。
昼食はスキップできないイベントストーリーをオート進行させている間にサンドウィッチを齧って、一周分の時間がどのくらいかを頭で計算しながら休憩室の時計を見上げた。


--10分前には歯磨きしたいし5分前には休憩室出ないと持ち場ギリ着かないし…………てかこれスタミナ全然足りないじゃん。アイテム追加しないと……


普段は使うことの無い頭で時間や課金額を熱心に計算する。

どうせこんな森の中の施設なんぞに来客なんて滅多にないのだが、午後からは先輩と一緒だ。
流石に暇だからと言って先輩の前でゲームは出来ない。--これが同僚や後輩とだったら存分に回している所だけど--


「……あー…コスパ悪……」


ストーリーパートが終わって後は周回するだけ。
イベントスコアのランキングによってイベント専用の特別アバターが入手出来るのだけれど、このランキングというのが厄介な所で。
どれだけやった所で他のプレイヤーに抜かれたらと思うと安心が出来ない。
だから出来うる限りスタートダッシュをして置いて、今の内にスコアを上げておきたい。

躊躇いもなく次々とスタミナ回復アイテムの決済をする指先が末恐ろしい。自分でやってるんだけど。


「何やってんだ〜?」
「あ。ショウ君。お疲れー」


ポチポチと脳死で画面を操作している私の隣に、いつの間にかショウ君がやって来ていた。

ショウ君の来訪は本部から予告があったりなかったりするが、今日は無い日らしい。
別段本部にのし上がりたい訳でもない私は彼に対して特別ゴマすりも優遇措置もしないけど--なんなら敬語だって使ってない--、怒られないってことは良いってことだろうと都合よく解釈している。

私の言葉に「おう。おつかれ」と軽く返事をすると、その視線は私の手の中に落ちる。


「ゲーム?」
「うん。推しキャラのアバ欲しくてイベント回してる」
「オシキャラノアバホシクテ、イベントマワシテル……?」


聞いたことがないのだろう、復唱しながらショウ君が訝しげに首を傾げた。
流石にこんな単語を理解できるほどショウ君がオタク気質じゃないことなんてわかってたのに、携帯に意識がいっててつい一般向けに変換することを忘れていた。


「んとね、私が好きなキャラクターのアイテムが貰えるイベントが来てて。でもランキング上位じゃないと手に入らないから今頑張ってるとこ」
「ふーん……それってコイツ?」


すぐ脇からショウ君が携帯の画面の中にいる1人のキャラクターを指差す。
紺色の髪にビリジアンの瞳の、クール系と思いきや意外と情熱的という親分肌というか兄貴キャラなイケメンだ。
しっかり携帯のケースやネイルのデザインに、彼に合わせてネイビーベースで深く鮮やかな緑が差し色に入っているから、見る人が見れば私の推しはひと目でわかる。


「そうだよ」
「お前好きそー」
「何でもうわかんの」
「んー、色?爪とか持ち物とかこういう系統のやつ多いじゃん」
「おお。鋭い観察眼」


年下ながらよく気が付く子だと思う。年下っていっても3つくらいしか違わないけど。

話しながらもポチポチとボタンを押しつつ時計を確認する。
いかんタイムロスだ。
この後私はバイトもあるし、移動時間中もやるとしてもがっつり出来るのは帰宅してから。
その間に他の人がどんどんスコアを上げてくるだろうし、負けていられないのだ。


「ちょっとごめんね」


席を立って給湯室のシンクに立つと歯磨きを始める私の片手には、まだしっかりと携帯が握られている。
片手だと少しペースが落ちるけど、寸分の間も惜しい。
そんな私の後ろ姿を見てか、背後からショウ君の呆れた声が聞こえる。


「必死すぎね?」
「んっふ」
「わかんねー。何だよ」


"だって"と言っては見たものの泡だらけの口で言い返す訳にもいかず、手で一瞬"待って"のポーズをしてから慌ててうがいをして口を濯いだ。
歯ブラシセットたちを所定の場所にしまって口を拭いてから振り返る。
時計とショウ君と携帯を忙しなく確認している様子の私に、口をへの字に曲げたショウ君の視線が突き刺さる。


「だって3日間しかないんだよこのイベント」
「ふーん。……まさかそれ仕事中もやんのか?」
「な訳ないじゃん。だから今必死にやってるんだよ!……私もう戻らなきゃ。またね」


そそくさと休憩室を出て外に向かう廊下を歩きながら、それでも携帯を操作する指を止めないでいると私の後をショウ君がついてきた。
支部での用事があるから来たんだろうに、このままだと出入口に直行なんだけど良いんだろうか。


「何でこっち来んの?」


もうあと数歩で門に着いてしまう。
ようやくパチリと携帯を閉じてポケットにしまった私の隣にショウ君は立つと「ようやくかよ」と溜息混じりに頭の後ろで手を組んだ。


「遊びに来たのに全然相手しねーからじゃん」
「遊び?仕事で来てたんじゃないの?」
「それだったらちゃんと事前に"行く"って連絡してるだろ」
「……あー。なるほど?」


どうやら突発的にやって来る時は遊びに来ているつもりだったらしい。
そうかそうか。それなら仕事じゃないしわざわざ告知する必要もない……のかもしれない。

……ん???


「私もう仕事戻るんだけど」
「知ってる」
「遊べないよ?」
「どうせただ立ってるだけじゃん。なぁ?」


そう言ってショウ君は遅れてやって来た先輩に同意を求めてる。
ギリギリまで自室で寝てたのか、頬に寝痕のついてる先輩はショウ君がいることに気が付くと急に姿勢を正して顔を引き締めると「はい!」と勢いよく返事をした。
ハイ、じゃないんですけど…?


「いやいや。もしもってことがあるかもだし。見張りはしなきゃ……」
「んじゃあこのままでいいや。この間面白いモン見つけてさ」


ポケットから取り出した携帯でその面白いモンとやらを撮影したらしく、ショウ君に肩を掴まれて無理矢理写真を見させられる。
「えー」と低く呻きながら、こんな体勢では見ない訳にも行かず仕方なく目を向けると何処かの湖?海?河?からひょろりと首長竜のような生き物らしきものの姿が写っていた。


「え!!何コレ!!恐竜!?」
「動画も撮った」
「見せて見せて!!」


急にショウ君の携帯にかじりつき始めた私の横で"そうだろ"と言いたげにショウ君が満足そうに頷いている。
次にショウ君が見せてくれた動画では遠くではあるけれど水の流れに抗うように泳いでいるのか、上下に身を揺らして飛沫を立てたあと謎の生物がこちらを見てから潜水して姿を消し水面が静かになる所だった。

その振り返った生き物の目は意外にも大きくつぶらで、遠目からでも熱烈な視線をカメラ越しに寄越していた。
思わず興奮と可笑しさで吹き出してしまう。


「んぶっ!何あの目……めっちゃキュルンキュルンじゃん!!」
「な?面白かったろ?」
「何なのコレ!いつ撮ったの?」


ショウ君の携帯のボタンを勝手に押してふたたび同じ動画を見始める私に「先週。修学旅行で行ったとこ」と答えるショウ君。


「ちゃんと中学生してたんだねショウ君」
「誰かさんと違ってな〜」
「私だってたまには行くし」
「そうなのか?」


人をサボり魔のように思っていたのか、ショウ君がきょとんと見つめてきた。
保健室登校だけど、とは言わないでおく。行ってることに違いは無い。
気を取り直したのか、「なあなあ」と未だショウ君の携帯を握っている腕をちょいちょいと引かれる。


「今度そこ行こうぜ。もしかしたらお前も見られるかもよ」
「え、近所なのここ!?」
「近くはねーけど。高速バスで2時間弱?くらい」
「旅じゃん」
「おー。旅だ旅」


長旅も良いとこではないか。
ショウ君相手とは言えど流石に疲れそうだなと想像していると、曇った私の表情にショウ君がダメ押しを重ねてきた。


「バスが嫌ならちょっと頼んでテレポートでも行けるけど」
「て、テレポート?」
「頼んだら面白がって着いてきそうな奴だけど…………空気くらい読めんだろ流石に」
「ん?」
「いや、こっちの話」


最後の方は声が小さすぎて聞き取れず、顔を上げてショウ君を見たけど手をヒラヒラとされる。

そうか、本部にはそんな凄い能力者がいるのか。
ショウ君は透明人間みたいになれるし本部って支部の能力者とはスケールが違うなぁ。まるで映画みたいだ。


「……で、どう?」
「行きたい」
「ヨシ。次の休みいつ?」
「えー……っと」


明日明後日と休みを取ってはいる。でもそれはイベントの為だし……。
その次は……とシフト表を思い出していると、先輩が「そいつ明日と明後日連休ッス!」と余計な一言を告げてしまった。


「なんだ。じゃあ明日行こーぜ」
「や。明日はその、予定が……」
「ふーん?明後日は?」
「明後日、も……ちょっと……」
「…………なあ、その予定って…」


パチパチと大きな目を瞬かせて私を見ていたショウ君だったが、汗を滲ませている私を見て何かを察したのかジト目になる。


「まさか"ゲームするので予定が埋まってる"って言うんじゃねーよな?」
「………まさかあ〜」
「だよなあ〜」


ヘラリと笑ってみせると、私に合わせてショウ君も笑った。
笑顔に合わせてがっしりと肩を組まれ、気がついた時にはショウ君の手に私の携帯があった。


「あ、え?……いつの間に」


思わずスーツの上からポケットを叩いてみたがそこは勿論もぬけの殻で。
早業に呆然としている内に私の手の中にあるショウ君の携帯がプルルル、と着信を告げる。
未登録のナンバーが画面に表示されて、それが私の携帯の番号だと気付く。
は。と思っている内にもショウ君はポチポチと私の携帯を操作して、用が済んだのか「ん」と呆然としている私に携帯を返してくる。

舞い戻ってきた携帯は連絡帳が開きっぱなしになっていて、そんなに多くないメモリの中に"鈴木 将"と律儀にフルネームでショウ君が追加されていた。


「んじゃ、明日迎えに行くから」
「へ、え?迎えってウチ……」
「夜更かしすんなよ〜」


私の手から自分の携帯を取り返すとショウ君はそう言い残してユラリと消えてしまった。
空になった手をそのままに立ち尽くしている私に、横で咳払いをした先輩が声を掛けてくる。


「あ、明日は勝負デーだな!」
「……私の勝負は終わりました……! 先輩」


いや、まだ打破する手段があるかもしれない。
私の覚悟の決まった顔を見て、先輩はゴクリと息を飲むと「なんだ?」と聞き返してくる。


「先輩の協力があればこの勝負、まだわからないかもしれません」
「お?おう?」
「だから…………今日だけ見逃してくださいっ!」


そう言って自分の携帯に齧り付きアプリを操作し始めた私を、先輩はピカソの絵画のようななんとも言えない虚ろな表情で見ていた。






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