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 リップのお裾分け

「…あ」


ふとすぐ隣から小さな声が上がって、霊幻はチラリとTVから声の主へと視線を向けた。
肩を並べて一緒にバラエティ番組を見ていたはずの彼女はリップクリームを塗っていた手を止めて鞄の中をまさぐっている所だった。
流行りなのかもしれない小さなハンドバックからその容量の大半を占めるだろうと思われるサイズのポーチが取り出され、更にその中から手鏡が出てくる。

彼女は手鏡を覗き込むと唇をあむあむと繰り返し合わせていて、霊幻はその行動を見つめながら「どうした」と尋ねてみた。
鏡から視線を上げた彼女が、目が合って少しすると何か閃いたような表情に変わる。


「あのね……あ。いいや、新隆こっち来て」
「ん?」
「ンフフ」


もう十分近いのに、と僅かな隙間を詰めれば満足そうに笑みを浮かべた彼女が腕を伸ばしてきた。
TVに向けられていた顔を彼女の方に向かせられて、その笑顔が近づいて視界が彼女に埋め尽くされる。
伏せられた長い睫毛をぼんやりと眺めていたら合わせられた唇が少し離れてまた重ねられた。
二度目のそれでようやくキスだと気が付いて、応えようとした途端彼女が離れて得意げな顔がTVに向けられてしまう。


「…なんだよ」


甘くなりそうだった雰囲気がすぐに日常のそれに戻されて、つい毒吐くように霊幻がそう言うと本当に気まぐれでそうしたとでも言いだしそうな様子で彼女は鏡をポーチに戻していた。


「リップ。塗り過ぎちゃったからお裾分けしてあげたの」
「ああ…そう。リップね」
「新隆の唇も潤ったでしょ?」
「……」


ポーチを机の上から再び小さなバッグにしまい込んで、心なしかふくよかになったそのチャックをしっかり閉める彼女に、霊幻は不服そうな視線を送る。
愛しい恋人とはいえど、都合よく唇を使われるなんて。
そう言いたい気持ちを口角を下げて飲み込む。

しかし彼女の視線はもう既にTVの中の芸人たちに向けられている。
これではそこらのティッシュと同じ扱いではないか。


「…キスハラだ」
「え?何か言った?」
「キスハラスメントだっつーの」
「えぇ、ハラスメントじゃないよぉ」


零した声に反応して、彼女がようやく不満そうな霊幻に気が付いた。


「…イヤだった?」
「嫌じゃない。けど不満がある」
「なに?」


一体どういうことなのだろうと首を傾げる彼女の両脇に手を入れて、自分の膝の上に座らせる。
特段抵抗もせず大人しく霊幻の膝に座った彼女はまだ理解が出来ていないようで目を丸くしていた。
そんな彼女の顔を引き寄せて、今度は深く唇を合わせる。
塗られたばかりのリップクリームの味がする唇を舌で突いて開かせると、彼女の舌先を擽るように絡ませた。
くぐもった声と鼻にかかった息がTV番組の喧騒でかき消される。
ちゅ、と軽いリップ音を立てて唇を離すと、僅かに頬を赤く染めた彼女と目が合った。


「不満て…今の?」
「もう満足した」
「満足って…もう、またリップ塗らなきゃじゃん」


しまったばかりなのに、と小言を言いながら霊幻の上から退きながらハンドバッグを手繰り寄せる彼女に、霊幻は頬杖をついて「俺にもまた塗って」とニヤリと笑った。


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