「南雲、お前の気遣いには感謝するが、いちウェイターとして目につく仕事はするな」
「はい、ご指摘いただいたことを、今後に生かしてまいります」
どうしてか未だ僕の手を掴んだままの彼に軽く頭を下げると、その動きで手を掴んだままだったことを思い出したかのように、けれど慌てることなく静かな動作で彼の手は離れていった。
「では、ごゆっくりお過ごしください」
諸々の準備を終え、そう言って厨房に戻ろうと踵を返した瞬間、食堂の出入口付近でワッと人の声が湧く。歩みを止めずにそちらを見ると、この学園の頂上に君臨される生徒会の皆さまと、一味違う格好をされている転入生――重森太一さまの姿があった。
重森さまは特別席でカナッペを咀嚼する神宮司さまを確認すると、それは嬉しそうに駆け寄っていく。そんな彼らの様子を横目で見ながら、僕は厨房へと戻った。
同僚、上司たちが口を揃えて扱いが難しいと噂の重森さまは、確かにその恰好もさることながら、この学園では異端といえる。物腰の柔らかな生徒の中で、彼の活発的で野性味あふれた行動力と発言は物珍しく、また例外的でもあった。
叩き込まれたマニュアルにはない突飛な立ち振る舞いには、間接的に対峙した僕も頭を悩ませたこともある。
そしてそんな彼の影響力は、僕たち使用人に留まることはなく、この学園中に行き渡った。
その最たるが生徒会の皆さまと、各委員会の数名にある。彼らはそんな重森さまに、例外なく惚れてしまったのだそうだ。
これまで誰かを特別視することのなかった学園の人気者が、総じて重森さまに惚れてしまったことを、しかし親衛隊と呼ばれる方々は許そうとはしなかった。
ここまでなら、なんとも可愛らしい多感な年頃なのだろうと話は終わるが、これにはつづきがある。
親衛隊の方々は、自分たちが心酔する彼らに重森さまを傷つけることは許さないと宣言され、悪いところは親衛隊自体を解散させられたところもあるのだ。
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