「お前がデスリカで見たあの女、歌手なんだけどよ。MVに出ろってしつこくされてな」
「あぁ……うん、巴さんから聞いた」
「は? ……まぁ、それで一流だか知らねぇけど食事に付き合わされて、あの女、飯食ってるときに咳すんのはいいけどよ、口を手で覆ったり、顔を逸らしたりしねぇんだよ。そのあとは全部残して煙草吸ってやった」
「え、いやまぁ……うん」
「んで、そんとき、つーかそこの飯食ってるときから思ってた。お前の料理が食いてぇなって」
「は?」
「ちゃんと食ったのは一回だっつーのに、自分でも信じらんねぇよ。俺も相当ブラコンだろ?」
「……」
煙草を吸う玲央のほうから煙が漂う。それが目に染みた訳でもないが、俺は両手で顔を覆った。
「照れんなよ、馬鹿トラ」
「……うる、せぇ……っ」
照れるに決まってんだろうが。嬉しいに決まってんだろうが。耳まで真っ赤になるくらい、顔に熱が集中しちゃうのはしょうがいないだろうが。
そんな俺の反応が楽しいのか、俺の頭の上に顎を乗せてきた玲央が喉を鳴らして笑った。
「前々から思ってたけどよ、俺もお前も互いのこと、なーんも知らねぇよな」
「……そうかも、ね」
「あぁ、だからお前がどんな目にあってきたか、お前の口から聞きたい。俺のことは俺が自分で教えてやりたい」
「……ん、でも玲央、俺は……」
まだ少し、やっぱり怖いよ。そう出かけた言葉が止まる。玲央の手が、俺の口を覆っているからだ。
「待ってやる」
「……」
「お互いのことを知るべきなんだとしても、俺らに足りねぇもんがそれだとしても、お前がいつか話してくれんのを待ってやる」
「……っ」
「まぁ、それまでは今回みてぇなことが起きてもなんとかしてやるよ。優しいお兄様に感謝しろよ?」
「……ふがふが」
優しいお兄様って……自分で言わないでくれます?
パッと手を離した玲央がまた喉を鳴らしながら笑った。
「とりあえず今回よーく分かった。甘え下手は溜めに溜めて、とんでもなく振り回すってことがよ」
「……もう返す言葉もございません」
ふたたび両手で顔を隠す俺を、玲央はクツクツと笑うのであった。
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