「……ばーか。充分、お前は格好いいよ」
『こと……』
後ろのアナウンスが大きくなった。志狼の声が途切れて、名前を呼ばれたあとの言葉が分からない。
なにか言おうと口を開いたとき、向こう側が急に静かになった。
『いってきます』
シンとした空間の中、穏やかで、だけど力強い声が直接脳に呼びかけた。
急に逸る気持ちが湧き上がる。でもそれ以上にひどく優しい気持ちになる。
「……おう、いってらっしゃい」
俺は同じように安心させられただろうか。
両親に立ち向かうと決めた彼の、なにかほんのちょっとでも心の支えになれただろうか。
口には決して出さないが、頑張れなんてとてもじゃないが言えないけど、志狼のこれからが幸せであることを、ただ祈った。
電話が終わり、しばらく立ち尽くしていた俺の肩に手が触れた。
振り返ってみれば、ブランド品だろう質の良い旅行鞄を手にした玲央が立っている。
「ほら」
「あ、うん」
頑丈そうな見た目に反して軽い。
上品に添えられたロゴマークが、全体に映える茶色と薄茶のストライプの中で静かに存在を主張していた。
内ポケットの数も多めで、使いやすそうなものを選んでくれたと玲央を見やる。
「ありがとう、玲央。大事に使うよ」
「……あぁ」
感謝の言葉に一言プラスして述べると、玲央は少しだけ眉をひそめて答えていた。
← →
しおりを挟む /
戻る