「ねぇ志狼、アナタはどうして優等生でいようとしたのかしら」
「……」
「アナタの両親に、一体なにを認めて欲しかったのかしら」
「……」
「アナタのお父さんはね、親の良いなりにならないことを私に示したかったんだって。自分は自分だから、やりたいようにやるって、そう言ってたわ。
……子供よね、そういう考え方。でも、そのときのあの子は一生懸命で、あの子はあの子なりに苦しんでいたんだって、恥ずかしい話だけど……私、そのときはじめて気づいたの。
それからあの子は自分のやりたいようにやっていった。どうしてもお金のかかることならバイトをして、それでも足りなかったら私たちに頭を下げて借金をした。
確かに私たちの思うような道を歩んでいったわけじゃない。旦那も長く反対していた。でも、あの子は自分なりに色んなものを見て、触れて大人になっていった。
……でも、結局優しい子なの。だから会社を継いでくれたし、そのぶん苦労もかけたわ……」
一度呼吸を整えるように、ふぅと彼女が息をつく。
ストローを刺しただけの緑茶パックが、彼女の手に包まれているだけだった。
「アナタはどうなのかしら、ねぇ志狼。アナタは一体、なにを認めて欲しくて行動したの?」
「…………」
「きっとね、あの子、アナタにきつく物を言っていたと思う。けどね、それは」
「分かってる」
それまで黙っていた志狼がついに声を発した。
意外なほど、それは落ち着いた声音だった。
「あの人たちが人知れず苦労してたことなら、分かってる。だから俺は…………いい子で、いたかった……っ」
ゾッと爪先から冷たいなにかが這ってくるのが分かる。
それがゆっくりとゆっくりと、時間をかけながらどこかを目指して上がってくるのに、その時間はあまりにも一瞬のことで、冷水でも浴びたかのように体が強張った。
それと同時に、胸がキリリと痛むんだ。
「いい子で、いて……あげたかった……っ」
「……そうなの」
スッと下げた志狼の顔が床を見る。いや、きっと志狼には床ではなく、違うものが見えていたに違いない。
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