「さぁ座ってちょうだい。……あ、そうだわ志狼、そこにお財布があるでしょう? 売店でなにか買ってきてちょうだい、三人分」
「……」
個室のベットに腰を下ろした彼女が近くのテーブルを指す。志狼はなにも答えず、しばらく立ち止まっていたが、ゆっくりとした動作で財布を手に取ると部屋をあとにした。
マリちゃんと呼ばれた看護師さんも出て行ってしまえば、ついには梶原さんと俺の二人っきりになる。
「あの子、動揺してるのね。なにを飲むのかすら聞きもしない。それとも元々、そういう気の利かない子なの?」
「いや、そんなことないです。志狼は俺から見ても落ち着いてて、憧れるくらい普段は大人です。……多分、動揺っていうか……」
「動揺っていうか?」
「…………怖がってる、みたいな」
口にして、良かったのだろうか。
梶原さんが目の見えない人だと知っているし、そのぶん伝わらないこともあるだろうとは理解もできる。
でも、だからってあの状態の志狼を、みすみす彼女に話しても良かったのだろうか?
「怖がってる、ねぇ……そう……そうなの」
「……」
ゆっくりと言葉をかみ砕く彼女の姿を見て、なんとなく良かったのだろうと思えた。
きっと、俺が思う以上に梶原さんと志狼の仲は思わしくない。でもお互い、嫌いだからそうしているわけでもないような気がするんだ。
しばらくして紙パックの緑茶を3つ持ってきた志狼が個室に戻ってくると、俺は思い出したようにそれまで座っていた丸イスから腰を上げた。
「あの、俺、外にいるんで」
「小虎くん、いいのよ、いてちょうだい」
「……え、でも……」
志狼から受け取り、俺から手渡した緑茶のパックにストローを刺そうとする彼女が、誰の意見も聞かずにそう言った。
戸惑いながら志狼を見れば、彼も同意見だったようで、俺の目を見ながら頷く。
息をついて、後ろにある丸イスに再び腰を下ろした。
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