「離せ」
「離したら……また、蹴るんだろうが」
「……」
無理に俺を引きはがした兄貴が、冷たい目を向けている。
知っている。この目は嫌になるほど知っている。でも、それだけじゃない。
俺は握っていたタオルで兄貴の顔につく血を拭う。
兄貴の眉がピクリと動くが、俺は気にせず拭き取った。
「なにがあったか知らないけどさ。もういいだろ? これ以上やったら……警察、来るかもしんねーだろ」
「……そうなったら、どうなんだよ」
「そっ、なったら……」
「なったら?」
「……」
分かってるくせに。本当は、分かってるくせに。
「誰が俺の世話、するんだよ……っ」
「……はっ」
ははっ、口に手を当てて獣が笑う。
そんな姿を見たことがないのだろうか、傍らに集うすべての目が見開かれている。
なにが面白いのかは分からない。それでもどこかへ消え去った獰猛な獣は今、いない。安堵の息を吐いて微笑めば、それに気づいた獣が口角を上げる。
「お前って、本当、」
「? な、なんだよ……っ?」
「いや、なんでもねぇよ――それより」
一度しゃがんだ兄貴が、気絶している志狼の首元を持って立ち上がる。
スプラッタ映画ばりに血だらけになった志狼に顔を青ざめて、とっさにタオルを向けるが兄貴に阻止された。
「このガキ、躾ねーとな」
「……しつ、け」
どうしてだろう。生易しいものを想像できない。
げんなりとしていれば、ふいに頭を撫でられた。うしろを見ると、苦笑を浮かべる隆二さんがいた。
「ったく……お前ら兄弟は……」
「おい隆二、行くぞ」
「うるせーよ。なに乗り気になってんだよオメーは」
確かに。なぜか上機嫌な兄貴が志狼を引きずってビルに戻る。恐らくデスリカに行くのだろう。
残された俺と隆二さんは互いにため息を吐いて、顔を見合わせて苦笑を浮かべてしまった。
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