飽きずに呆ける俺の顔を、泉ちゃんがふたたび笑う。
「そっか、虎くんって玲央の弟なんだ。じゃあ、いいこと教えてあげる」
「え?」
くすり。微笑む泉ちゃんが、俺の肩に手を添えて、耳元にその唇を近づけた。
「私と玲央、付き合ってないの。フリなんだ」
「――泉」
――は?
信じられない言葉に固まれば、不機嫌そうな兄貴の声。
すぐに泉ちゃんが俺から離れれば、彼女は面白そうなものでも見る顔を兄貴に向けた……かと思えば、軽快な足取りでどこかへ行ってしまったのである。
「おい」
「……」
「おい」
「ハッ! ……はいっ?」
「……チッ」
兄貴の呼びかけに現実へ戻ってくる。
意識が戻ってすぐそちらを見れば、なんだか疲れたような顔をした兄貴が舌打ちをしていた。
とりあえず叫びたい衝動を抑えて、なにも言わない兄貴に背を向ける。
かつ、かつ。
やばい、やばい。
かつ、かつ、かつかつかつ。
なにそれ。
「仁さん!」
「――あ?」
最後は早足になってカウンターに戻れば、仁さんと隆二さんは雄樹をいじりながら遊んでいた。仕事は!?
「ちょっと仁さん! なんですか、なんなんですか!?」
「落ち着けよ。泉いたよな。顔知ってただろ?」
「知ってたどころじゃないですけどね!」
――って、そうじゃねぇよ!
「つつつつ、あの、あの二人、つっ! つっ!」
「おう、付き合ってねぇよ?」
「嘘つき!」
俺の突っ込みに雄樹と隆二さんが噴き出したが、それどころではない。
「ていうか! ていうかなんですかあの二人! なんかおかしいでしょ!?」
「あの二人な、処女狩り童貞狩りで有名なんだぜ?」
「知りたくなかった新事実!」
兄貴の処女狩りは嫌でも納得できるが、泉ちゃんが童貞狩りだなんて知りたくもなかった。
俺の「女の子は実はみんなピュア説」が木端微塵に吹っ飛ぶ。
「な、なん……そんな形って……え、えー?」
「はいはい。童貞トラにはまだ早かったわな。ま、世の中にはあんな恋人もいるんだよ。ま、フリだけど」
「うぅ……っ! 俺、彼女ができる気がしない……っ!」
がっくりと肩を落として、俺は落ち込む。そんな俺の頭に仁さんが手を乗せてポンポンと、優しく撫でた。
「だから言っただろ? 玲央には可愛い性格した彼女がいる――ってな」
……可愛くねーよ!
← →
しおりを挟む /
戻る