視界一面の桜吹雪……を、塗り潰すかのごとき人の群れ。情緒を掻き消す喧噪。ぼくの大学生活一日めは、そんな宴のような光景から始まった。
ぼくがくぐったのは学徒の門だったはずなのに。
ごった返す波がいとも容易くぼくを飲み込む。揉まれて、目を回して、よれよれになったぼくの腕を誰かが掴む。力強いそれに、なんとか縋りついて。漸く荒波から生還しようかというそのとき。ぼくが耳にしたのは、世にも怪しい勧誘の言葉だった。
「……君! 親睦会に入ってみない?」
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ドアの脇にはオブジェが立っていた。
「…………」
ひび割れた煉瓦色の植木鉢に、絶妙なバランスを保ちつつ突き刺さるバラバラ死体のリコーダー。
小学校以来久しく見ることのなかった笛の無残な姿にぼくは一瞬硬直して、すぐさまメモリーを消去した。何も見なかったと自分に暗示をかけ、目の前のドアをノックする。
「どうぞ」
灰色のドアはくたびれた声で応えた。
ノブを回して引く。北向きの棟、その端の部屋は、晴天なのに差し込む日差しが頼りない。ぼんやりと漂う白い光。奥に佇む古めかしいデスク。煙草の匂い。そこらじゅうに山脈を築く夥しい数の本、本、本。その陰から覗く――奇妙な物体。
「あの、すみません……ここは」
達磨の顔にこけしの胴体を持ったオブジェと目が合う。達磨は隻眼だった。
「ここは、どこですか?」
赤ら顔のこけしは無言を貫く。
「私の研究室だよ」
くたびれた声は、ぼくの隣から聞こえた。
「君は……新入生かな。もしかして、勧誘された?」
火のついていない煙草を弄りながら、まるで出来損ないの苦笑いのような顔をして、その人はぼくを見た。皺だらけのシャツに、深い藍色のジャケット。ネクタイはなく、やや開いた胸元から鎖骨が覗く。年齢は……而立(じりつ)の頃だろうか。細いノンフレームの眼鏡の奥の双眸は何かとても面白そうだ。
「え、あ、はい。あの、その、」
――親睦会だ。
ていうか親睦会って何だ。
答えようとしながらもぼくの心に疑問が渦巻く。
親睦会って何?
しかも「入る」って何?
親睦会は普通、「する」ものじゃないか!
「信じる僕らの会」
「――はぃっ!?」
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