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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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ココロに触れて
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週が明けてから最初の朝、音楽科連絡掲示板の前には音楽科所属の生徒たちによって人だかりができていた。

彼等が皆注目しているのは大学部の学内オーケストラによる定期演奏会に高等部から参加するゲストメンバーのリストである。リストの中に自分の名前を見つけて喜ぶ者、落選して悔しがる者など様々な反応が見てとれる。

「梨子、早く!」
「ちーちゃんどしたの?!」
「あれあれ!」

玄関で梨子を待ち伏せしていたちひろは梨子が登校してくるやいなや半ば拉致するように掲示板まで引っ張ってきた。

はじめ梨子はなぜちひろがこんなに慌てているのかはわからなかったが、ちひろが指差す先、人だかりの中に一枚の紙が貼られていることに気付き、梨子はようやく理解した。

「梨子すごいじゃん!一年生から選ばれたの梨子ともう一人C組の子だけだよ!」
「えっ!そうなの?!」

学内オケメンバーに選ばれたことはあらかじめ知ってはいたものの、まさか一年生がそんなに少ないことなど全く知らなかった。

リストを見ると確かに

Vn. 宮川梨子(1A)
Vc. 天宮遥(1C)

と一年生はこの二人以外は選出されていないようだ。

「チェロの子なんだ。あまみやはるかちゃん?」

自分の記憶の中にその名前は見つけることができない。

「そんな女の子、中等部にはいなかったよね。学内オケに選出されるぐらい上手い人で知らないわけないもん」

どうやらちひろも心当たりはないようだ。

「外部生なのかな」
「うん。外部生でも同じ楽器だったらコンクールとかで見て知ってるかもしれないのに」
「C組だよね。私お昼休みに会いに行ってみるよ。明日顔合わせする前に仲良くなっておきたいもん」

リスト最下部には“明日の放課後、ゲストメンバーは芸術学部棟 一階 Bホールに集合”と書かれている。

「その方がいいよね。一緒に顔合わせ行けたら多少は緊張和らぐし」
「うん!」

梨子とちひろが掲示板から教室へ移動しようとしたその時、

 ドンッ

「わっ!」

梨子は肩に強い衝撃を受けてよろけたが、なんとか転ばずに踏み止まった。誰かとぶつかったのだ。

相手を確認するとぶつかったのはどうやら先輩女子生徒のようだった。梨子が謝ろうと口を開きかけた次の瞬間、相手は梨子をギロッと強く睨みながら

「気を付けなさいよ!」

そう吐き捨てて行ってしまった。

「すみませんでした」

梨子はその場に立ち尽くしたまま、相手にはもう聞こえないだろうと思いながらもその背中に向かって謝罪の言葉を呟く。

「梨子大丈夫?」
「うん。平気だよ」
「何あれ!自分だって悪いくせに!」

梨子を心配しながらもちひろは梨子とぶつかった相手の態度に相当立腹しているようだ。

「複雑だけど、やっぱりかぁ……」
「え?」

ゲストメンバーに選ばれなかった上級生から風当たりが強くなる可能性があることは梨子も予想はしていた。入学したばかりの新入生がいきなり選ばれたのではさすがに納得できないだろう。

しかも梨子はここ数年コンクールには参加しておらず、成績を残していない。海外コンクールで優勝経験があるといっても昔の話だ。

そんな自分が先輩を差し置いて選ばれたのだ。自信があった上級生にしてみれば我慢ならない事態であろう。

そしてさらにこれから梨子が協奏曲でソリストに選ばれたことが知られれば状況が悪化する可能性がある。

「覚悟はしてたんだけどなぁ……」
「梨子、なんのこと?」
「あのね、ちーちゃんに話してなかったことがあるの。後であーちゃんと比奈ちゃんと一緒に聞いてくれる?」

その後、教室で梨子はちひろたちにゲストメンバー選出に至るまでの話を順を追って説明した。

「今まで黙っててごめんね。正式に発表されてから話そうと思ってたの」
「それは全然構わないんだけど……」
「比奈ちゃん?」

比奈乃が梨子を見ながら押し黙る。比奈乃は何かを言わんとしているが、言うべきか言わざるべきか悩んでいるような複雑な表情を浮かべていたが、ついにその口を開いた。

「不本意だけど、そのソリストって話はギリギリまで黙ってた方がいいかも」
「私もそう思う。っていっても明日顔合わせで発表されるだろうからあまり意味はないかもしれないけど。それまでは内密にしたほうがいいかも」

比奈乃にあさみも同意した。ソリストの件は明日には公表されることなのだから、今隠していてもなんの対策にもならないのだが。

「全くさぁ、めでたいことなんだから素直に『おめでとう』って言えないもんかね!こんなにビクビクしなきゃならないなんてさ」
「ちひろ。人間の心は複雑なんだから」

廊下での上級生との一件からちひろはどうやらご機嫌ナナメだ。机に肘をついてふてくされたような顔をしている。

「とりあえず、その天宮さんと仲良くなっておくのはいいと思うな。出来るだけ誰かと一緒に居た方が手出ししにくいだろうし」

今は選出に漏れた生徒だけを気にしておけばよいが、ソリストの件が知れれば選出された生徒からの風当たりまで強くなる可能性があるからだ。

「うん、お昼休みにC組行ってみる。天宮さん、どんな子なんだろう?」

天宮遥というのはどんな人物なのか、梨子は期待に胸を膨らませた。

* * *

「よし、行ってくる」

昼食を急いで済ませた梨子はちひろたちに告げた。

ちひろたちに「いってらっしゃい」と温かく送り出され、軽く両手に拳を握り気合いを入れたその時、

「梨子ちゃんお客様!」
「へ?」

廊下側の一番後ろの席に座っているクラスメートに呼ばれた。梨子の入れた気合いは一瞬にして抜けきった。

「誰だろ?」

客人の正体がわからないまま取り次いでくれたクラスメートに礼を言ってから廊下に出た。戸口付近には見知らぬ男子生徒が一人いたが、彼が自分を呼んだ人物なのかと戸惑っていると相手が近寄ってきた。

「宮川さん?」
「え?あ、ハイ」

ダークブラウンの髪と碧眼の綺麗な顔立ちをした彼に全く見覚えのなかった梨子は目をパチパチとさせる。





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