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いつかくるその日まで
1 / 2 「いきなりソリストに指名なんてすごいね」 「私もいまだに信じられないんだけど……」 お昼休み、高等部普通科棟にある生徒会室。部屋の隅に置かれたソファに梨子と涼は並んで座り、短い貴重な休憩時間をゆったり過ごしていた。 生徒会室には応接用にテーブルとソファがセッティングされている。週に一度梨子と涼はここで二人だけのランチタイムをすることになっていた。 他の生徒会役員たちは涼に気を遣い、出来る限りこの時間には生徒会室には立ち入らないようにとの暗黙の了解ができている。 「きっと梨子がいっぱい練習頑張ったから認めてくれたんだよ」 「そうだったら嬉しいな」 微笑む涼につられるように梨子も嬉しそうに微笑む。 「梨子が演奏会出るなら俺も見に行こうかな」 「本当?」 「うん、梨子が活躍するの見たいからね」 「私、頑張るよ!」 梨子は「だから絶対来てね」と涼の袖口をキュッと握って上目遣いで言った。 その仕種のあまりの可愛さに耐え切れなくなった涼は思わず梨子をギュッと抱きしめた。小さな身体はすっぽりと涼の腕の中に収まってしまっている。 「りょ、涼ちゃん?どしたの?」 涼が抱きしめてくるのはよくあることなのだが、いきなりはどうしても慣れない。 「どうしたもこうしたも、梨子が可愛すぎるからいけないんだよ?」 「えぇ?!」 「ただでさえ梨子は可愛いのに仕種までそんな可愛くて。困らせないでよ」 「え?えっと、んと……」 慌てているところに更に涼がそんなことを言うものだから、梨子の脳内は大パニックを起こしていた。 そんな彼女に追い打ちをかけるように涼は耳元に唇を寄せ、 「そんなに俺を梨子に夢中にさせてどうするの?」 梨子にしか聞かせたことがない甘い声で囁き、最後にチュッとわざとリップ音を立てて耳にキスをした。 「んゃっ!……りょ、ちゃ……」 梨子は涼から離れて自らの口元を両手で押さえた。今のは本当に自分の声だったのだろうか。 身体がとろけてしまいそうなほど甘い涼の声と台詞、そして耳元で直に聞こえたリップ音、さらにはキスされた瞬間に自分から出た信じられないほど甘い声のおかげで梨子の顔は恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。 そんな梨子を見て涼は満足そうに微笑む。梨子が自分の言葉や仕種にここまで反応していることが嬉しくて仕方ないのだ。顔を真っ赤にして困っている梨子の姿は涼のS心を大いに刺激した。 「梨子、顔真っ赤」 「だ、だって。それは涼ちゃんが……」 「俺が?」 「み、耳にキ……」 「耳にキ?何?」 自分でしたのだから梨子が何を言いたいのかわかっているはずなのだが、涼はどうしても梨子の口から言わせたいらしい。その梨子はというと、恥ずかしそうに口をモゴモゴしながら、 「キス……したから」 最後は消えてしまいそうなほど小さな声だった。 「それはね、梨子があまりにも可愛いから食べちゃいたいなと思って」 「た、たべる……?」 「そっか。梨子にはそれじゃ伝わらないのか」 頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる梨子の頭を涼は優しく撫でながら「仕方ないか」と呟く。 「でも、さっきの梨子の声はもう一回聞きたいな」 「声……あ!あれは、」 先ほどの自分の声を思い出して梨子の顔は再び真っ赤になった。そんなこともおかまいなしに涼は梨子を刺激し続ける。 「梨子の声、すっごい可愛かったよ」 「やぁっ!い、言わないで!」 梨子は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。 「あんまり甘いから、俺とけちゃうかと思った。ねえ梨子、もう一回聞かせて?」 「だ、だめ!」 「恥ずかしいことなんてないんだよ?すっごく可愛いかったんだから」 「……も、涼ちゃん、いじわるしないで……」 顔を真っ赤にしながら目に涙を浮かべて涼を見上げる梨子を見て、涼はさすがに虐めすぎたかと思い反省した。 梨子の羞恥心から泣きそうになっている姿は涼の諸々の限界をふり切るに足る要素ではあるが、ここで梨子に嫌われるわけにはいかない。梨子に嫌われることは涼にとって死活問題も同然なのだ。 ここは最優先に謝罪すべきだろうと涼は判断した。 「わかったよ梨子。ごめんね。もう言わないから許してくれる?」 「本当?もう言わない?」 「言わないよ」 「みんなにも秘密にしてくれる?」 「約束する」 涼は最初から誰にも言うつもりなどなかった。たとえ耳であっても梨子にキスしたなど知られれば修司だけでなく兄弟たちに何をされるかわかったものではない。 第一、梨子のあんなに可愛い甘い声を聞くのなんて自分だけで十分だ。 「じゃあ、ゆるーす!」 「よかった、ありがとう。じゃあ、梨子」 「なぁに?」 首を傾げる梨子に涼は優しく微笑み、 「おいで?」 そっと両腕を広げた。梨子は一瞬戸惑ったがすぐに笑顔になり涼の腕の中に飛び込んだ。 「よかった。梨子が来なかったらどうしようかと思った」 涼は梨子を抱きしめながら、彼女の肩に顔をうずめて安心したように呟いた。 「涼ちゃんにぎゅーってしてもらうの好きだもん」 「そっか。俺も梨子をぎゅっとするの好きだよ。なんか、ホッとするんだ」 愛しい者の温もりを直にその腕に感じながら過ごす時間ほど幸せなものはない。 誰にも梨子を渡したくない。幼い頃から梨子と共に過ごしてきた中で一切変わることのなかった気持ち。いっそのこと今伝えてしまおうか。感情の高ぶりが涼にそう促していた。 「梨子。俺、ずっと梨子のこと……」 『あー、一年A組宮川梨子。至急職員室担任まで。繰り返す……』 涼の告白を遮ったのは、いかにもやる気のなさそうな口調の校内放送。呼び出したのは梨子の担任の森だ。 「呼ばれちゃった」 「そうだね」 「でも涼ちゃん何か言いかけてた?」 「別に大したことじゃないよ」 「そうなの?」 梨子には冷静に返事をするも内心は森への怒りで腹わたが煮えくりかえりそうだ。梨子との時間を邪魔されただけでなく、告白の妨害までされたのだから。 「私、行かなきゃ」 テーブルを片付けて立ち上がった梨子を見て涼も立ち上がった。 「俺も行くよ。ちょうど職員室に用事があったんだ」 「そうなの?」 「だから一緒に行こうか」 「うん」 そうして生徒会室を後にした二人。勿論、涼は職員室に用事などない。 |
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