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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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君の安らげる場所
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櫻井家と宮川家の子供たちは親が不在なことが多いため、よくどちらかの邸宅にて食事をすることが度々あるのだが、この日は櫻井邸にて一緒に夕食をとり、その後は各自の部屋やリビングでくつろいでいた。

梨子は櫻井邸リビングにて、ソファに座り英語で書かれた論文を読んでいた大輝の左隣にピッタリくっついて音楽理論の本を読んでいた。

「ちょ、修司それ卑怯だから」
「はあ?!お前が勝手に落ちたんだろ」
「優ちゃん何やって……げっ、蒼輔!ソレ駄目だって!」
「そんなこと言っても隼輔は敵でしょー」

ソファの前にある大きなガラステーブルを挟んで向こう側には大画面液晶テレビがあり、その前では修司、優希、隼輔、蒼輔の四人が賑やかにゲームをしていた。

今はチーム対抗戦をしており、修司・蒼輔チームと優希・隼輔チームが白熱した戦いを見せていた。

この場にたった一人だけ涼の姿が見えないが、自室で勉強中だ。

最初は梨子の隣、大輝と反対側に座って参考書を読んでいたのだがあまりにゲーム組が騒がしいため移動したのだ。

涼にしてみれば梨子と一緒にいられる貴重な時間だったのだが、受験生は色々と忙しいのだ。

部屋に戻る前にはしばし梨子をギュッと抱きしめてしっかりと感触を堪能した後、梨子に「涼ちゃん頑張ってね」と笑顔で言われ、我慢できずに再び抱きしめてから部屋に戻って行った。

ふと何かを思い出したように本から顔を上げた梨子は隣に座る大輝の顔を見上げた。

視線に気付いた大輝は微笑み、論文を持っていた右手を下ろし、左手で自分を見つめる梨子の頭を優しく撫でた。

「どうした?」
「あのね、大ちゃん」
「ん?」
「もうすぐ大ちゃんのお誕生日だよ」

大輝は壁にかかっているカレンダーを見た。そこには19日が赤い丸で囲まれていた。年明けにカレンダーを交換した際に優希が兄弟全員分の誕生日に加えて修司と梨子の誕生日に印をつけたのだ。

「ああ、そうだな。すっかり忘れてた」
「何が欲しい?」
「何かくれるのか?」
「だってお誕生日だもん。お祝いしたいの」
「梨子がおめでとうって言ってくれたらそれだけで嬉しいんだけどな」

大輝にとって梨子は可愛い大切な妹で、そんな梨子に祝いの言葉をもらえることは何よりも嬉しいことなのだが。それだけでは梨子は満足ではないようだ。

大輝の左腕をくぐり身体と腕に挟まれるような体勢になった梨子は大輝のお腹のあたりに抱きつき不満そうに顔を見上げた。

「それだけ?」
「駄目なのか?」
「だめ」
「困ったな……」

本当に欲しいものがない大輝は苦笑するしかなかった。

「モノじゃなくてもいいよ。あのね、私にして欲しいこととかでもいいからね。えっとね、肩たたきとか!」
「肩たたきって、父の日みたいだな」
「あ、そっかぁ。うーんと、えっと、じゃあねえ、何がいいのかなあ?」

一生懸命自分の誕生日のために頭を悩ませてくれている梨子を大輝はとても愛しく思った。

自分が生まれた日を祝うためにこんなに必死に考えてくれる存在がいることはなんて幸せなのだろうか。

この腕の中の小さな少女を見ているだけで満ち足りた気持ちになった。

そんなことを考えていると、梨子が何か文句を言いたそうな顔で見ていた。

「大ちゃん考えてる?」
「え?ああ、考えたよ」
「決まった?」
「たった今決まった」
「なにがいい?」

顔を輝かせて尋ねてくる梨子を見て大輝はフッと笑いをこぼすと、右手に持ったままだった論文をテーブルの上に置いた。

そして自分に抱きついていた梨子の腕をそっとはずすとその小さな身体を持ち上げて膝の上に乗せ、梨子が落ちないように細い腰に腕を回して支えた。

長身の大輝の膝に乗ったことで二人の目線の高さはほぼ一緒になる。

大輝と向かい合う体勢になった梨子は目をパチクリさせて大輝を見た。

「梨子の時間が欲しい」
「じかん?」
「そう。一日ずっと俺のそばにいてほしい」
「それだけ?」
「それだけなんかじゃないよ。俺にとって何よりも幸せなことだよ」

しばらく何かを考えた後、梨子は笑顔で大きく頷いた。

「わかった!大ちゃんと一緒にいる!」
「来週の日曜、あいてるか?」
「日曜……。うん、大丈夫だよ!」
「昼前に迎えに行くから、二人でどこか出かけよう」
「わかった!楽しみにしてるね!」

梨子はニコニコしながら大輝に抱きついた。大輝も梨子の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ返す。

「大ちゃんあったかーい」
「梨子はもう高校生になったのにまだ甘えっ子のままなのか?」

子供扱いされたことがよほど悔しかったのか、梨子はガバッと身体を離し、頬っぺたをプクッと膨らませて拗ねたように大輝を見た。

「じゃあもういいよ。離れるもん」
「そう怒るなよ」

大輝はいまだ拗ねたままの梨子をなだめるように「俺が悪かったから」と言いながらその大きな温かい手で頬に触れた。そしてそっと梨子を抱き寄せた後、耳元で優しく囁いた。

「梨子を離せないのは俺のほうだ」
「大ちゃん?」

耳元で囁かれたためくすぐったそうにしながら大輝の名前を呼んだ。顔を上げようとしたが、後頭部を押さえられ肩に顔を押し付ける形になっているので大輝の表情を窺い知ることはできない。

「梨子が嫁に行くとき、俺泣くかもな」
「えー?」

本気か冗談かわからない大輝の言葉に梨子はクスクスと笑った。

「まあ、智也さんとウチの親父が俺の分まで泣くだろうから必要なくなりそうだけど。あぁ、優希も号泣しそうだ。っていうか確実に泣くだろうな」

宮川智也(トモヤ)は修司と梨子の父親だ。職業はカメラマン。海外有名コレクションにも出品するブランドからもオファーを受けるほどの実力派。

しかしその実態はというと、共に世界を飛び回る元プロピアニストの妻、つまりは修司と梨子の母親である朱里(アカリ)をこよなく愛する愛妻家であり、子どもたちをとても大切に思っている良き父親でもある。

ちなみに智也は元ヤンで、大輝たちの父親である誠とは学生時代からの親友である。





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