Footprint.
(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



top
  info    log    main    blog    link    index          
君の安らげる場所
2 / 2
 

「私も大ちゃんが結婚しちゃったら寂しいよ。だって他の人の大ちゃんになっちゃうもん」
「またそういう可愛いことを言うなって」
「わわっ」

小さな身体を抱きしめる力を一層強くした。しかし気遣いは決して忘れない。苦しくないように。力を入れすぎて壊さないよう大切に。

そんな気持ちに応えるように小さな手が大輝の服を握る力を少しだけ強くしたような気がした。

それがさらに大輝の梨子に対する気持ちを大きくさせる。

恋愛感情ではないことを自分でもよくわかっている。家族や友人、恋人とはまた少し違う特別な存在。本当に愛しくて愛しくてたまらない。

しばらくラブラブな時間は続いたが、いつまでも続くなんてことはないわけで。

この甘い雰囲気をブチ壊したのは、

「だぁー!また負けた!!ちょっと休憩!俺飲み物とって……って、ちょ、大ちゃん何してんの?!」

隼輔だった。ゲームのコントローラーを置いて立ち上がりながら後ろを振り向いた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは何とも羨ましい、いや許しがたい光景だった。

しかも梨子にいたっては大輝の膝の上に座っているではないか。

ソファーの上で仲良く抱き合う二人をおもむろに指差した。

「何って、梨子を抱きしめてた」
「いやそんな普通に言われても」

あまりにアッサリと返されたので、隼輔は自分のリアクションが異常なのではないかとさえ考えそうになったが、この場合自分はまっとうな反応をしているのだ。間違ってはいない。

「羨ましいのか?」
「はあぁっ?!う、うらやま……、って、んなのちげーし!大ちゃん何言ってんの?!」

隼輔の得意技、ツンデレ発動。本当は梨子のことが大好きで、今の大輝の状態はものすごく羨ましいはずなのだが、隼輔は素直に言わない。

梨子と二人っきりの時は幾分素直になれるのだが、今は他者がいるため本音は絶対に言わないのだ。

それをよくわかっている大輝は予想通の反応をする隼輔がおかしくて、笑いをこらえるようにクッと喉を鳴らした。

「俺はすっげえ羨ましい!兄貴俺とチェンジしよう!!」
「お前は駄目だ」
「ええ!修司なんで?!」

右手を垂直に上げながら勢いよく立ち上がろうとした優希にピシャッと禁止令を出したのは梨子の実の兄である修司だ。

「兄貴は良くて俺は駄目とか酷くね?!」
「なんで?」
「だって、それって差別だろ!」
「何言ってんだよ。俺がそんなひどいことすると思うか?これは差別じゃねえ。区別だ」

真顔できっぱりと修司は言い放ったが、この微妙な違いに優希は納得がいかなかった。
梨子が目の前にいながら触れないなんて、優希にとっては拷問に近い。

「兄貴と俺の違いって何だよ?!」
「しいてあげるなら、人徳と日頃の行いの差だな」
「それなら俺だって、」
「ねえ、優ちゃん。ちょっと静かにしてあげて」

いつの間にかソファーに座る大輝の隣に移動していた蒼輔は口元に人差し指を当てて注意を促した。

「梨子、寝ちゃったんだよ」

蒼輔は大輝の膝の上に座ったまま彼の胸に身体を預けて静かに寝息をたてる梨子の寝顔を見て優しく微笑んだ。

「子供みてえ」

安心しきった顔で眠る梨子を見て隼輔が呟いた。

「俺にしてみれば梨子も隼輔も蒼輔もまだ子供だよ」
「俺らと大ちゃん、五つしか違わないじゃん」
「ところがどっこい、精神的な年齢の差ってやつが大きいのよ」

複雑そうな表情を浮かべた隼輔の肩を優希がポンと叩いた。

「優ちゃんに言われるとすっげえ腹立つのはなんでだろうな」

隼輔はさらに複雑そうな表情で優希を見た。その優希はといえば、梨子の寝顔をしまりのない顔で眺めていた。

「あー。梨子の寝顔ちょー可愛い。なあ俺の部屋連れていっていい?一緒に寝たいんだけど」
「大ちゃん悪い。今連れて帰るから」
「俺はスルーかい」

優希の発言をスルーするのは日常茶飯事なので修司は全く気にも留めない。

「別にもうしばらくはこのままでもいいぞ」
「ゲームもキリ良かったし、今日は帰るよ」
「そうか」

上着を羽織って帰る準備を整えた修司は大輝の胸で眠る梨子を連れて帰るために抱き抱えようとしたが何かが引っ掛かって上手くいかなかった。

「あ、こっちの手が大ちゃんの服掴んでるよ」

蒼輔が指差す先では、梨子の小さな手が大輝の服の裾をぎゅっと握っていた。

「ウチのお姫様はよほど大ちゃんと離れたくないみたいだな……。でもな、残念だけど帰る時間だ」

修司は梨子を起こさないように大輝の服を握る指を一本ずつ丁寧に外していき、もう一度梨子を抱え上げた。今度はすんなりと上手くいった。

高校生になったとはいえ、平均よりずっと小さな身体は修司の腕の中にすっぽりとおさまった。

「梨子の上着肩にかけとくからさ、落とさないように気をつけてね」
「サンキュー蒼」
「おやすみ、梨子」

蒼輔は梨子の頭を優しく撫でた。

「どうもお邪魔しました」

櫻井兄弟に見送られて修司は櫻井邸を後にしたが、優希だけは宮川邸の門まで見送った。梨子を抱えたままだと門の開け閉めが大変だからだ。

宮川邸の門を修司がくぐってから修司は外にいる優希を振り返った。

「ありがとな優希。それと、さっき言い忘れてたけど涼にヨロシク。何も言わないで帰ったからさ」
「りょーかい」

一度頷いた優希は「おやすみー」と言ってお向かいの櫻井邸へと戻って行った。

修司もすぐに家の中へと入っていった。



そして真っ先に梨子の部屋に向かい、いまだ寝息を立てている妹を静かにベッドに横たえ、毛布をかけてやる。

修司はベッドの端に座り、梨子の顔にかかった髪をそっと払った。そして可愛くて仕方ない妹の頭を優しく撫でる。

「どんだけ大ちゃんの腕の中が気持ち良かったんだか」

呟きは夢の中にいる梨子には届くことはない。

「兄ちゃん、ちょっとだけ嫉妬した」

修司は自嘲気味に笑った。
昔から眠れないといって夜中によく修司の部屋のベッドにもぐりこんできては、修司にくっついてきた梨子。抱きしめてやると安心するのかすぐに寝息が聞こえてくるのだが。

自分が一番梨子が安心できる場所だという自負があったわけで。

「大ちゃんならわからないでもないけどな」

自分にとっても大輝は頼れる兄であり、その包容力の高さは認めざるをえない。

しかし実の兄としては絶対に負けられないわけで。一人で対抗意識を燃やしていると、

「んっ、……おにぃ、ちゃん」

一瞬起きたのかとも思ったが、スースーという寝息はまだ聞こえている。寝言だったらしい。

「俺の夢、見てんのか?」

修司は嬉しさのあまり顔がニヤけるのを抑えきれなかった。

「うん。夢にまで出るんだから負けてない」

そう自分に言い聞かせた。

「おやすみ」

修司は梨子の額にそっと唇を落としてから静かに部屋を出て行った。



願わくば。いつまでも、愛しい君の安らげる場所でありますように。


君の安らげる場所
 
これぞ糖分過多の真骨頂
(2010/04/05-2010/04/29)




   TOP   →








- ナノ -