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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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守りたいもの
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「なんだっけ。忘れちゃった」
「えぇっ?!」

笑顔のままそう言う蒼輔に梨子は目をぱちくりとさせた。

「ごめんね、思い出したら言うから」
「本当に忘れちゃったの?」
「うん」
「全部?」
「うん、全部」
「ちょっとでも覚えてない?」
「うん。ごめんね、梨子」

困ったように謝る蒼輔に、梨子は頬を少し膨らませた。

「梨子、ほっぺた風船みたいになってるよ」

蒼輔は腰をかがめて梨子と目線を合わせながら、梨子の膨らんだ頬をツンと人差し指でつついた。

「だって、すっごく気になるんだもん」
「ごめんね、思い出したらすぐに言うからね」
「約束!」
「うん。約束」

互いの小指を繋いで約束を交わす。その間、蒼輔は考えていた。『明日あたりに思い出したふりをして何を伝えようか』と。

実は蒼輔の用事はとっくに済んでいたのだが、それを梨子に言うわけにはいかないので、別に後付けの用件を作らなければ。

そんなことを知らない梨子は蒼輔と結ばれた小指を交互に見ながら無邪気に笑っている。

「そういえば梨子、時間は大丈夫?」
「あ、そろそろ行かないと」
「じゃあ、俺も練習室まで一緒に行こうかな」
「お散歩のついで?」
「そう。お散歩のついで」

楽しそうに笑った梨子は一度ベンチまで戻り、置き去りにしてきた荷物を回収して再び蒼輔の元へ戻ってくる。

「俺待ってるから、終わったら一緒に帰ろっか」
「うん!」

* * *

 タンタンタンッ

女子生徒が屋上から続く階段を足早に降りる音が響く。その表情は、やり場のない想いから歪んでいた。

校舎四階の踊り場に差し掛かると、そこには壁に背を預けて立っている男子生徒が一人いたが、女子生徒は歩調を緩めることなく彼の前を通り過ぎようとした。しかし次の瞬間、

「なあ、先輩」

男子生徒に声をかけられ、慌てて足を止めた。振り返ると壁に背を預けたままこちらを見る男子生徒と目が合った。

どこかの運動部の練習用ユニフォームにジャージの上着を羽織った男子生徒。そのジャージの胸元に刺繍されているのは『S.SAKURAI』

「櫻井……隼輔くん?」

名前を呼ばれて一瞬表情を変えた隼輔は不敵な笑みを浮かべた。そして壁から背を離し、女子生徒との距離を詰めるように歩み寄った。

「俺のこと、知っててくれたんスね」
「当たり前よ。有名じゃないの。櫻井兄弟といえば」

自分が学内で有名であることに関しては隼輔も自覚はあるため、おどけるように肩をすくめてみせた。

「まあ、俺のことは知ってても知らなくても関係ないんスけどね」

隼輔はじわりじわりと女子生徒との距離を縮めた。

隼輔の表情は笑っているように見えるが、しかしその瞳の奥には怒りの色が見え隠れしていることに気付いた女子生徒は無意識に後ずさりをする。

女子生徒が後ろへ後ろへと逃げているうちに、背中に冷たく固いものが当たった。ついに女子生徒は壁際に追い詰められてしまったのだ。

隼輔は逃げ道を塞ぐように左手を女子生徒の身体の横についた。

「あのさ、陰でコソコソとあれこれ文句言うより、一対一で面と向かって言う方が潔いやり方だと俺は思うし、アイツもそのぐらい覚悟はしてたと思う。だから、それに関して俺はとやかく言う気はないんだよね」

ただね、と言いかけて隼輔の表情が急激に変わる。先ほどの笑顔から静かな怒りに満ちた冷たい表情へと。そして、隼輔は女子生徒の頭上、わずか数センチ上を右手の拳で勢いよく殴りつけた。驚いた女子生徒は目を見開いき、恐怖に肩を震わせている。

「ただね、先輩。手を出したらそれはまた別の話ってなもんでさ。口で文句言うだけならセーフ。実力行使はアウト。……まあ、結果、梨子にケガはなかったみたいだけど。…………もし梨子に何かあったら、先輩どうなってたかわかんないよ?」

隼輔の迫力に圧された女子生徒は力無くその場にへたりこみ、床をじっと見つめた。隼輔はそんな女子生徒を見下ろしながら、

「俺らはさ、梨子が何より大事なわけ。だから、その梨子に何かしようなんて二度と考えないほうがいいっスよ」

いまだに肩を震わせながら、床を見つめ続ける女子生徒の前に隼輔はしゃがみこみ、

「梨子に危害を加えようとする人間は男だろうと女だろうと容赦しねぇから。覚えておいてよ、先輩」

女子生徒は力無く一度頷く。それを見た隼輔が何気なしに左腕のスポーツウォッチに目をやると、

「…………ちょ、うっわ、やっべ!」

さっきの迫力は一体どこへ行ったのか。突然いつもの様子に戻った隼輔は何故か慌てふためき、勢いよく立ち上がった。

「あー、先輩時間とらせてすんませんした!俺、部活抜けて来たんで行きます!じゃっ!」

ものすごく焦った様子で、猛ダッシュで立ち去った隼輔。その姿を見送った女子生徒は身体に力が入らず、しばらくその場から動くことができなかった。

「宮川、梨子。やっぱりあなたは……」


どうすることもできない複雑な感情。
それを解きほぐす術はないのか、それとも……


守りたいもの
 
蒼輔がちょっとアレな話ですよね
(2010/08/16-2010/09/18)




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